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第四幕

 例の島に巣食っていた鬼が退治されたと上に知らせが来たのはそれから一ヶ月後の事だった。民草の中から武功を上げた者がいると、瞬く間に噂が広がっていく。直ぐ様その名も無き勇将は城へと呼び出される。たくさんの侍に囲まれ、仰々しい部屋に通されて来たまだ若き武者は、確かに罪人の首を持っていた。  「して、何を望む」  御簾の向こう側から、姿を見せぬ国主が言葉だけを向けてくる。若者は少し間を置くと落ち着き払った様子で口を開いた。  「若君の身柄を」  途端に室内は激しく座喚く。誰ともなく怒りを顕にし、それ以上の話し合いは無いままにどこからともなく若者へ刀が振り下ろされた。始めから褒美など出す気もなく、此処で芽を潰すつもりで予め画策していたのだろう。見渡せばこの場に居る皆が、刀を携えていた。  一人が刀を振り下ろした先に若者の姿はない。既に身を翻し、一歩踏み出した若者の向こう側に別の侍が斬り払われている。大勢で無差別に斬りかかっても、ギリリと刀身が擦れあったかと思えば、其々振り回されるようにして身を払われる。一人、また一人、瞬きをする間に若武者に斬り捨てられていく。目にも止まらぬ速さの刃の薙になす術なく、侍たちは次々と血肉と化した。  主を守らんと周囲を固めていたはずの配下たちは、皆恐れ慄き無様にのたうち回り、刀で裂かれた御簾の奥で主君を盾にして悲鳴を上げていた。  「若君の身柄だ。聞こえなかったか…」  兜の下の顔はまだ幼かったが、その顔に国主には見覚えがあった。あの凄まじい戦場で、猛々しく馬を駆り見事な立ち回りを見せていた猛者…たくさんの配下に慕われ、輝かしく真っ当でいて、誰もが焦がれるであろう凛々しい武将…そんな男がいた。  頼もしい味方であったその男の背後から、国主は姑息にも毒矢を放った。勝ち目のない相手に先に天下を奪われぬため、そして己の狂おしい羨望をそこで断つために。 「お前は、佐々木の……」  言い掛けた国主の片方の耳が、ポトリと畳の上に落ちる。  「望みの物を何でもくれるのだろう?」  急激に駆け巡る激痛に襲われて、国主は無様に上座をのたうち回った。まさかこんな事になろうとは全く思いもよらなかった。たった一人の民草に、ここまで追い詰められようとは想定出来るはずも無い。あの時、確かに始末したはずの男の亡霊に完全に祟られているとしか思えなかった。  愚かな殿様は我が身の命乞いと保身のため、我が子を易々と祟り鬼の前に差し出した。息子と年の頃の変わらぬ若者に這い蹲りながら許しを乞う屈辱を味わい、人質として盾にされ引き摺られていく愛しい息子を泣く泣く見送った。そうまでしても、国主は天下を掌握することに縛られ妄執していた。その日から、国主は一夜たりとも夜を安らいで乗り越える事は出来なくなった。

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