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第五幕
島長は曾て目付役であった。忠義の塊といった気質のせいで「戌」という渾名を持っていた。公平で人望もあり、それは優れた人材だった。
然し、戌は模範のような正しさが仇となった。天下統一の為には、時に暑苦しい正義は妨げになる。戦乱の時代に取り繕いは不要だった。
戌は身分を剥奪され、家族を奪われ単身で島に捨てられた。娶ったばかりの妻は、我が身可愛さからあっさりと戌を裏切ったのだった。自暴自棄になり、世捨て人と成り果てた戌だったが、彼を救ったのは同じく島に捨てられた同胞達だった。
持ち前の人徳は今も少しも鈍っていない。人見術に長けた戌は島にやってくる者を正しく見定める。誰よりも鼻が効くのだ。たった一人で島に乗り込んできた若武者を、嗅ぎ分けたのも戌の鼻だった。
島に築かれた見事な防壁や家屋、島人達が手にしている精巧な火縄銃や弓は、遥か彼方海の向こう側の北の国からやって来た義賊が造っている。
彼は祖国の独自の技術を、島の暮らしの中で遺憾なく発揮している。逆巻くようなうねった薄い色の髪に、赤ら顔、風変わりな身なりをしたその男は「申」と呼ばれていた。本人は「甲」と名乗っていたが、本島では大勢の仲間を率いていた有名な大泥棒だった。
各地の大名の蔵から金銭や米を盗み出し、廃れた町や村にばら撒いていた。彼らのおかげで何とか紙一重で人民が生き長らえていることは、役人も含め皆が分かっていることだ。
然し、それすらも根絶やしにするべく、ある時から執拗に盗賊があぶり出され始めた。申は自身の仲間を逃がすため、すぐに表に出るとあっさりと捕縛された。助命嘆願のためだった。
申の持つ異国の技は捨て難かったのだろう、幸いにも申の命は取られず、罪人の島に捨てられた。
しかしその後、逃げたはずの申の仲間達もどこからともなく捕らえられ、申の処遇とは違い、皆無惨なさらし首となった。それからというもの、申は島に居ながらひたすらに武器を造り続けるようになった。
若武者が島にやって来る事を、それより先に予見していた男が居た。多方面の学問や、まじないを幾つも習得し、星読みに長けた陰陽師だ。
男の一族は遠い昔から朝廷に使え、神託を読み解く役目を担っていた。彼は、始まった戦乱が国を揺るがす大きな禍となっていく事を随分前から読んでいた。
そして帝へと進言を繰り返していたが、悪しき企みにより陥れられてしまった。朝廷に献上された希少な白雉を死なせたとして罪に問われたのだ。謀られた全くの冤罪であったが、耳煩い陰陽師を遠ざけるようにと唆された帝は、それは愚鈍な男だった。彼もまた、陰謀の前に成すすべなく島に流された。
この事件と彼とを知る者たちは皮肉を込めて彼を「白雉(白痴)」と呼んだ。優れた彼の才能を妬んだ者も大勢居たのだろう。白雉が島に着いてすぐ、帝が原因不明の病に倒れ亡くなった。
白雉は人を祟る、そう噂が立つと彼は恐れの対象となった。
彼は星の傾きが変わり、世が変化していく兆しを読む。一筋流れて地に落ちた星により、全てが変化していく予感を感じ取った。それから島に来訪者が訪れたのだった。
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