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第六幕

 子の幼名は、桃太郎と云う。それ以上は名乗らなかった。桃太郎は両親の元を旅立った時から、心に決めていた。…鬼を退治する。世に蔓延る真の鬼を、必ず討伐するのだと。  桃太郎は島に渡るとまず、その島の罪人でかつては最も身分の高かった将軍の傲慢な首をはねた。それを手に本島の城へ行き、国主の息子を力ずくで攫った。息子を人質にしてまた島に戻ると、桃太郎はそれを機として渋る戌を揺さぶった。  閉鎖的な平穏にしがみつく戌の中の復讐心を呼び覚ます。今こそ、同胞を率いてかつて理不尽に散った仲間達を弔い、裏切った者へ報復すべきであると。  そして燻り続けている申と酒を飲み交わした。使わぬ武器に価値は無い、たとえどれほど斬れる刃であっても、振るわねば一人生き延びた屈辱は晴らせぬと諭した。 雉は、桃太郎が何も云わずとも目が合うなり頭を垂れた。この時を待ち侘びていたと云う、雉の語る話に桃太郎は一晩耳を傾けた。  兵法にも長けた雉の戦術に則り、申の作り上げた重甲な装備を纏い、士気の高まりきった戌先導の反乱軍は、混沌の本島に上陸するなり駆け出して、目覚ましい戦果を上げ始める。不平不満を蓄えた怒れる人々が、まるで吸い寄せられるように反乱軍に加わっていく。  彼らは皆、先陣を切る眩しく逞しい背を追いかけている。唯一無二の圧倒的な強さを誇る人ならざる若者は、迫害される身からいつしか英雄として人々に崇められ始めていた。  国主が何年もかけ、平定しかけていた世の中は、突然現れた一人の鬼によって破壊の限りを尽くされていた。鬼は容赦なく国主の配下を斬り捨て、次々と領土を奪っていく。どれほど自軍を派遣しても破竹の勢いは全く止まらず、鬼の軍隊はどんどん都へ迫ってきている。  あの日、鬼に奪われた国主の耳はズキズキと痛み神経にひどく障る。どんな手を打っても、まるで見透かされているように裏を欠かれ、何の成果も挙げられぬまま、鬼の軍勢は遂に都の入り口に到達してしまった。  反乱軍の怒涛の快進撃を前に、士気が下がりきった国主の兵は戦意を失い、戦いを放棄して逃げ惑う。側近達も先行きの危うさに怯え、コソコソと退陣していく。孤立し始めた国主は、帝を置き去りにしたまま遂に都を捨て、反乱軍が現れてから一月目にして城から一目散に逃げ出したのだった。

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