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第一部 1-2

 一月(ひとつき)余りの間に、葵の人生は大きく変わってしまった。野暮ったい学生服から洒落たブレザーの制服へと変わったように、今の葵には、自由闊達だった田舎育ちの腕白小僧の面影はない。 「だけど……」  ホームに残る生徒は自分だけだと思っていたが、いきなり現れたかのように、一人の生徒がこちらに向かって歩いて来る。やたら背の高い、目鼻立ちのすっきりした綺麗な顔立ちの生徒が、ホーム中央の柱の陰に立つ葵を目指し、確固とした歩調で真っすぐに近付いて来る。葵はその生徒を訝しげに見詰め、清爽としていながらも妖しさを醸しているその男に、両親の葬儀に姿を見せた遠縁の者達を重ね合わせた。 「あいつのように上品ぶっていようが、この町の連中は誰も彼も最低だ」  同じ制服の、ネクタイの色が空色の、それで高等部だとわかるが、長身で、そこそこ体付きも良く、『鳳盟学園』の洒落た制服を艶やかに着こなす生徒の優美さが胡散臭くもある。葵は眉を(ひそ)めてその生徒を眺めていたが、向こうが目を逸らさないのならこちらもと、きつく睨み返してやった。葵の負けん気が気に入ったのか、その生徒がゆったりと微笑み、目の前で立ち止まるとすぐ、葵の背丈に合わせて僅かに上体を屈め、親しげに話し掛けて来た。 「遠目で見るより、背が高いな」 「はぁ?」 「身長、実際はどう?」  余りに自然に屈託なく問い掛けられたせいで、葵は咄嗟に答えてしまっていた。 「……170はないと思うけど、こっちに来て、急に伸びたからな」 「いや、もう少しありそうだぞ。それにおまえの声、案外と低いんだな。その顔だし、甲高いのかと思った。俺をイラつかせる程に。そうじゃなくて良かった」  その生徒の声は低く重みがあったが、涼やかで心地よい響きでもあった。洗練された容姿に似合った流麗さがあり、気を許してしまいたくなる雰囲気が匂い立っている。物柔らかな口調でありながら、話す内容は失礼極まりないと気付けたのが不思議なくらいだった。それが葵を警戒させた。 「顔って、なんだよ」  葵は用心しつつも、腹立たしげに髪をかきあげた。後ろは先がブレザーの襟に届き、横は耳が隠れる程度に伸びた髪形にも原因があると自覚している。女々しい髪形だとわかっているが、あの日、事故さえなければ母親が切ってくれるはずだったと思うと、髪を切るだけのことも、すっきりとは行かなかった。そろそろ踏ん切りをつけなければと思っても、葵にはまだまだ難しかった。 「この町の連中はどいつもこいつも俺の顔ばかり気にしやがる」 「仕方ないさ、そこまで美しいとね」  急に目の前に現れて、昔からの知り合いのように話し掛けて来るその生徒は、癪に障ることを、さらりと口にする。警戒心は益々高まるが、こうした物怖じしない会話自体が久し振りで、すぐには終わらせたくない気持ちにもなる。どことなく誘惑するような物言いをするこの男に付き合うのなら、強気に出た方がいいのだろう。葵は口調を遠慮のないものに変えることにした。 「クソがっ、田舎じゃあ、誰も俺の顔なんて気にしなかったぞ。別嬪さんだなんて言って、からかうのもいたけど、親に似てるってだけのことだしな。ガキの頃は聡と……幼馴染と泥んこになって遊んでいたし、悪戯ばかりしていたから悪ガキ呼ばわりされていたしな」 「だとしても、中学になれば、色気づいて来るものだろう?もてただろうな」 「はんっ、もてるって誰にだよ。同級は俺と聡の二人だけ、一級上は聡の兄ちゃん一人、下は女子が一人、そいつは聡の兄ちゃんに夢中だった。そいつに言わせると、兄ちゃんは大人で、俺と聡は小学生のまま成長しない子供なんだとさ」 「一つ確認したいんだが、こちらに移る前、中学ではその四人だけだった?」 「たまたま、この三学年だけだぞ。他の学年はそれなりにいるし、廃校にもなっていないからな」 「そう、それは良かった」  そうとしか言いようがないのだろう。都会育ちのこの男には理解し難い環境だと、葵にもわかる。 「だから、顔のことなんて、気にしたこともないし、気にされたこともない」 「だけど、おまえ、こっちに来てから背が伸びたと言っていただろう?たった一人の女の子にしても、今のおまえを見たら、考えが変わるかもしれない」 「あいつは昔っから何かっていうとすぐひっぱたくし、とにかく口煩くて、こっちからお断りだ」 「それなら……」  男がふっと笑顔を嫌みたらしく歪めたかと思うと、心持ち強い口調で続けた。 「聡という幼馴染は?」

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