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第一部 2-4 (終)

「そんな俺に、おまえは付いて来た」 「誘ったのはそっちだろ?」 「選んだのはおまえだ」 「あんた、ホント、嫌らしい奴だな」 「それがわかるおまえも、相当なものさ」  省吾は(ひそ)やかに笑った。葵は遣り込めたはずが、遣り込められたような気分になっているのだろう。それがわかるからこそ、気遣うように笑いを隠し、むすっとしている葵の頭を軽く叩いてから言った。 「さあ、降りるぞ」  列車が駅に到着し、騒がしいアナウンスと同時にドアが開く。ホームに降りる乗客の流れに押され、その人波にあたふたする葵を横目に、省吾はゆったりとした足取りで降りていた。  新設された駅から『鳳盟学園』とは逆方向に四つ目の駅が中心地で、県内県外への交通手段があらゆる方向から寄り集まり、再びあらゆる方向へと四散して行く。駅周辺には娯楽や商業施設が数多く建ち並び、道路を渡った向こう側には高層ビルが遠くまで、聳え立つように連なっている。そこは早朝から深夜まで、年齢性別を問わず、多くの人が行き来し、他の駅とは比べ物にならない程に賑わっている。  駅に着くと、それぞれが目的に向かって歩き出し、葵の美しさを気にする者もいなくなっていた。すれ違いざまにあっと振り向く者はいたが、それも気にならないくらいに、大勢の人が流れ歩いている。  省吾は人の流れに逆らわず、葵を連れて改札口へ向かう階段を下りながら、ブレザーの内ポケットからスマホを取り出した。電源を入れても、着信音一つ鳴らず、静かなものだ。メールが入っている気配もない。そうした状態の省吾のスマホに、葵がちらりと視線を投げ、ニヤニヤした顔でおかしそうに言った。 「あんた、可愛い友達に捨てられたか?」 「……かもな」  誠司は引き際を心得ている。省吾の本気さを察したのだろうが、それを葵に教える必要はない。遠慮のない言い合いが出来る相手が、誠司やその仲間以外に現れたことも、それが愛玩物となるよう生まれた美貌の持ち主であることもだ。省吾はただ軽く頷き、自動改札のパネルにスマホをかざした。  この十年程で、この町はどこよりも先んじて、スマホ一つを手にしていれば、大抵のことが出来てしまうように整備された。買い物であろうと、遊びであろうと、こうして改札も通ることが出来る。カードも現金も県外からの訪問者の為にあるだけで、この町の住人には必要のないものになっていた。葵もぎこちない手付きではあったが、省吾と同じようにスマホを手に改札を通っていた。この町での暮らしに慣れつつあるのだろうが、引きこもっていたというだけあって、不案内な様子にも(つたな)さが見える。省吾は広大な駅構内を物珍しげに眺め回す葵の肩に軽く触れ、こちらだと促すように声を掛けた。 「カバンを預ける。サボるなら、身軽な方がいいしな」 「あんた、本気で言ってるのか?」 「必要もないのに、教科書なんて邪魔なだけだろ?」 「どこに預けるって言うのさ」 「駅のロッカーにね、この通路の奥まったところにある」  目的の場所まで来ると、省吾は空いているロッカーを選び、スクールバッグを投げ入れた。葵は決め兼ねていたようだが、無理やり肩から外して、一緒に放り込み、そのままスマホをかざして、ロックしてしまう。 「なんだよっ」  省吾の鮮やかな手際に、葵が追い付けないでいるのはわかっていた。この町に慣れていない葵には仕方のないことだが、省吾を胡散臭げに見上げる目付きには腹立たしさも浮かばせている。 「そんなもん、自分で払うぞ」 「大した額じゃないが、気になるのなら、別のことで返してくれればいいさ」  葵がむかっ腹を立てようが、省吾には関係ないことだ。思うがままに行動し、それに周りが合わせるのが当然であるという中で成長した省吾は、葵の気持ちを無視して歩き出していた。 「どうした?早く来い」 「クソがっ」  ロッカーの前で、思案するように(たたず)んでいた葵だが、諦めたのか、正面の出入り口とは反対側の出入り口に向かった省吾に追い付き、苛立たしげに呟いた。 「あんたの犬じゃねぇぞっ」  遥かに違うが、それ程に遠くはないと、省吾は心の中で答えていた。

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