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第一部 3-3
「……そうだな、あんたの可愛い友達とおんなじさ」
「誠司と?」
「ああ、あんたの友達、男のくせに、女みたいに可愛い顔をしてるんだろ?口が悪くなったのだって、舐められたくないってことなんじゃないのか?聡もさ、ちょっとでも女なんて言ってみろ、速攻でパンチを繰り出しやがるぜ」
何故かそこで、省吾が突然笑い出したが、葵には笑う理由がわからなかった。顔を引き攣 らせ、疑わしげな目で問い掛けてみても、省吾が笑い交じりに答えることに納得出来るはずもない。
「可愛いか、なるほど、可愛いね、それでおまえは可愛い聡を助けた?」
「俺が?なんで?あいつら、そうやって聡とじゃれてるだけなのに、邪魔しちゃ悪いだろ?俺はそこまで小さかないぞ」
省吾がさらに大きな声で笑い出した。
「何がおかしい?」
「うん?ああ、確かに誠司は可愛い奴だと思ってね」
葵がむっとしていることに気付いていながら、省吾は笑い続けていた。そっぽを向かれて、やっと笑いを治めようとする。それでも口元が緩むのが止められないままに、まじまじと葵を見詰め、誘うような調子で声を掛け、自分の方に向き直らせようとする。
「おまえはどうなんだ?」
「俺?」
「顔について気にしたことも、されたこともないと言っていたが、別嬪さんだなんて言う奴もいたんだろう?」
「はぁ?なに寝ぼけたこと言ってんのさ、そんなオヤジ臭い言い方、仲間内で言う訳ないだろ。村のジジイどもがからかって言ってんだよ。そんなもん、気にならない。それに仲間内じゃあ、誰も俺に可愛いなんて言わないしな」
「美人過ぎて?」
「バカ言ってんじゃねぇぞ」
「違うのか?ああ、そうか、四人しかいないんだったな」
「四人なんて、学校ん中だけのことさ。近くの村の奴らが俺らの村に出入りしてる、聡を目当てにな」
「なるほどねぇ」
省吾は一人で納得し、さり気ない調子で話を繋げていた。
「両親についても教えてくれないか?」
「あんた、やたら知りたがるな、どうしてさ」
「おまえとは無関係じゃない、そう言っただろう?」
省吾に付いて行こうと決めたのも、そこに理由があった。両親のこと、鬼のこと、知りたいことは山程あるが、ここでぶちまけられるくらいに省吾のことが信用出来るとは思えない。それならと、葵はやんわりと当てこするように言葉を返した。
「その関係っていうのをさ、あんたが先に教えてくれたら、答えてやるよ」
「全く、おまえという奴は……だが、まぁ、いいか」
言い返されることに慣れていない男が見せた苛立ちも、ほんの一瞬のことだった。答えることに不満はなかったようで、省吾はすらすらと淀みない口調で話を続けて行く。
「おまえの母親の婚約者が、俺の父親だった。それだけじゃない、おまえの両親が駆け落ちした時、俺は母親の腹の中にいた」
結構きつい関係だと、葵は思った。もし両親が駆け落ちしなければ、省吾の立場はどうなっていたのだろう。そうなれば、葵もこの世には存在していない。運命の巡り合わせとは、こういう間柄をいうのかもしれない。こうして二人で一つのベンチに座っているのにも、何か意味があることのように思えて来る。省吾とは確かに関係がある。葵は正直答えたくなかったが、逆らうのをやめることにした。
「大して話すことはない。兎に角、仲が良かったさ。こっちが呆れるくらいにな」
それ以上続ければ気持ちが高ぶる。葵は涙を抑え込むようにすっと話題を変えていた。
「そんなことより、あれ、気持ち悪りぃよな」
急に違う話を振っても、省吾は聡の時のように、くどくどと突っ込んでは来なかった。気遣ったというよりは、興味をなくしたという雰囲気だった。本当に自分の都合しか考えない男なのだと思いながら、葵はオレンジジュースを飲み干し、空になったボトルでモニュメントを指し、わざと顔を顰めて言った。
「なんかさ、クソしたあとって感じにも見えねぇか?臭いまでして来そうだし、あんなもん、誰が見んのさ」
「ああ、あれ……」
話題を変えられたことは、省吾にとっても喜ばしいことだったのだろう。さもおかしいとばかりに喉の奥を震わせ、特別なことのような秘密めいた表情で気持ち良さげに答えている。
「人間の燃え上がる欲望をイメージして作られたものだそうだ。醜悪なあれに恐れをなして、まともな奴らは近付かないけどね」
道を少しだけ後戻りすれば、清潔で明るい街の賑わいがある。僅かな距離の違いで、街の雰囲気が一変し、古めかしい自動販売機に見るように、時代の流れに取り残された寂しさが目の前に広がる。しかし、決して死んではいない。明るい日差しが降り注ぐ道路に人の気配は感じられないが、日の当たらない陰の奥には、確かに人の熱がひっそりと息衝いている。その隠微 な熱が、葵には感じ取れていたのだった。
「じゃあさ、あんたはどうなんだ?ナリはまともだよな?」
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