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第一部 11-4 (終)

〝あんた……どうした?〟 〝いえ、出過ぎたことを申しました。お気になさらないでください〟  吉乃はそれを最後に口を閉ざし、葵が食べ終わったのを機に、朝食の片付けに(いそ)しみ出した。葵は吉乃の(せわ)しなさを冷然と眺めていたが、吉乃もその眼差しには気付いていたようで、葵の視線から顔を背けるようにしていた。 〝あんた、今のこと、お爺さんに言うだろ?〟  葵は吉乃の小賢しい振る舞いを笑っていたが、口調には問い詰めるような厳しさを見せていた。 〝俺は別に構わないが、理由を聞くくらいは、いいよな?〟  葵の瞳が微かな光を放ったのを、葵には気付けない。相手をする吉乃の震えだけは、嫌でも葵に気付かせた。吉乃は感情を表にしたことを恥じたのか、すぐに慣れ親しんだ穏やかさに戻していたが、手遅れだというのは吉乃にもわかっていることだ。吉乃は慌ただしげに食器を手に取り、逃げるようにキッチンへと姿を隠してしまった。 〝なんなんだよ〟  葵は不満げに呟き、席を立って部屋に戻った。今日の授業に足りない分の教科書を持ってマンションを出た時には、吉乃の怯えが省吾に対して見せたマキノのそれと同じに思え、理由を知ろうとしただけなのに、うまく行かないものだと溜め息が出た。 「だけど……」  学園には省吾以外にも蜂谷という名前の生徒がいる。しかも葵と同じ学年のようだ。吉乃が話していたのは、そういうことだというのは理解した。 「あいつの弟ってことだよな?」  クラスメートの名前さえ把握していない葵にとって、他のクラスの生徒のことにまで気を回せるはずもない。省吾に直接聞くというのも、家庭の事情で伯父の家に預けられたという話を知っているからには気が引ける。 「委員長に聞いてみるか……」  葵はやたらと顔に絡んで来る生徒を遣り過ごした隙に、翔汰に話を聞くことにした。そう思うと、すぐにでも学園に向かいたくなったが、それを阻んでいる省吾という二文字が頭に浮かび、ロッカーにもたれ掛かる身にも苛立ちが戻った。 「クソがっ」  いつまで経っても姿を見せない省吾になのか、それを馬鹿正直に待っている自分になのか、わからないままに罵ったその時、何やら騒がしい声が耳に届いた。数人の女子高校生が目の前を騒然と通り過ぎて行く。数少ない通行人の誰もが葵に目を向けていたというのに、彼女達には葵の姿が少しも目に入らないようだった。それ程の興奮が彼女達を取り巻いていた。 「ヤバい、ヤバい、ヤバいって」 「だよねぇ、鳳盟学園だもん」 「だけどさぁ、なんでこの駅で降りたのかな?」 「そんなのどうでもいいよ、めちゃカッコイイ子達に会えたんだよ」 「そうそう、特に真ん中の子、凄かったぁ」 「ええっ、私は一番背の高かった子がいい、ちょっと怖かったけど」 「あの子達って、噂の六人でしょ?カフェやクラブで会えたらラッキーだって言われてる?」 「五人しかいなかっけどね」 「あと一人、県立高の生徒がいて六人なんだよ」 「それで確かめようって、改札を出たとこで待ってたんだよねぇ」 「ああっ、写真、撮りたかったぁ」 「ダメダメ、そんなのすぐに特定されて、県内中の女子から総スカンだよ」 「うそ、うそ、マジ?」 「マジだって、ナマが最高っての、今日一日、自慢出来ちゃうしーっ」 「ナマ、ナマ、ナマって?」 「あはははっ……キモっ……って、バカなこと言ってっから、遅刻しそうじゃん」 「うっわっ、バスに乗り遅れちゃうよ」  彼女達は風を巻き起こす勢いで、きゃあきゃあ騒ぎながら正面出入り口とは反対側にあるバスターミナルへと走って行った。  当然のことだが、葵は彼女達が走って行ったのとは逆の方向へと顔を向けた。ナマが最高という噂の六人、正しくは県立高校の一人を抜いた『鳳盟学園』の五人組に目を凝らした。全員が長身で垢抜けていて、体格の良さを持て余すかのようにゆったりと歩いている。  中心にいる生徒は手ぶらで、片手をズボンのポケットに入れて、モデル並みの優雅さで悠々と歩いていた。残りの四人はスクールバッグを肩に掛け、その内の三人は思いなしか期待するような軽やかさで歩いていた。しかし、一人だけ、女子高校生も言っていたように一番背の高い怖そうな生徒だけは、重い足取りで面倒臭そうに歩いていた。 「委員長、あんた、なんて言ってたっけ?」  葵は翔汰が話していた華やかだというグループについて記憶を探る。 「自分達だけの世界を作って、誰も近付かせない……だったよな?」  葵はふっと鼻先でせせら笑い、ロッカーから物憂げに身を起こした。そして五人を見遣り、彼らの中心に向けて声を張り上げた。 「このクソ蜂谷がっ!俺を待たせんじゃねぇっ!」  その瞬間、中心で優美に笑う生徒以外の四人全員の顔が強張った。最初に立ち直ったのは右端の生徒だった。中心にいる生徒程ではないが、洗練された美しい顔を優しくする。次はその右端の生徒の隣を歩く生徒で、きりりとした精悍な顔に笑みを見せる。次は左端の生徒で、赤褐色の肌に似合った異国風の端正な顔を綻ばせる。しかし、一番背の高い生徒だけは、頑なに(いか)めしさを緩めようとはしなかった。 「クソがっ!たらたらしてんじゃねぇぞっ!さっさと開けろっ!」  続けて声を張り上げた葵に、中心の生徒は笑みをさらに大きく広げていた。態度を軟化させたはずの三人は、さすがに戸惑うように笑いを微妙に変えている。元から恐ろしげだった一番背の高い生徒は、威圧的なまでに厳めしさをより強めていた。

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