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第一部 12-3
今朝も県立高校の生徒が、『鳳盟学園』の生徒三人と改札口に立っていた。学ランの前を開けたままにして、くたびれたスクールバッグを肩に掛けた生徒が、由緒ある屋敷町の駅にいるのはおかしなものだが、駅前のマンションの住民だとするのなら、誰も異論を差し挟まない。
〝サキ……〟
着古して煤けた学ランをいなせに着こなす生徒に声を掛けるというのも、先祖代々屋敷町で暮らす者には異端なことだ。それを省吾がするというのは、省吾もまた異端の者として扱われることになる。蜂谷を名乗っていようが、省吾の身分はそうしたものと思われていた。
〝……どうしておまえがいる?〟
省吾の柔和な声が駅構内に響くと、サキと呼ばれた生徒が振り向き、視線を省吾へと向けていた。省吾には見慣れた仕草だが、サキにしても同じことだ。相手を魅了せずにはおかない優美な容姿が、緩やかな歩調で自分へと近付いて来るのに慣れ親しんでいる。
〝誠司にメールさせただろう?今朝はいつもより早い時間のに乗るから、気が向いても来るなとな〟
〝俺もそのつもりでいたんだが、まだ来ないって、コウが連絡して来てさ。俺の家はすぐそこのマンションだろ?だから、こいつらに付き合ってやろうと思ってね〟
〝ふんっ、よく言うぜ〟
省吾の隣を憤然とした顔付きで歩いていた誠司が、サキの穏やかに響く野太い声にというよりも、世の中全てに対してという雰囲気で、腹立たしげに割り込んで来た。
〝省吾の顔を見たさに来たんだろ?サキはガキん時から、省吾の顔が大 のお気に入りだからな〟
誠司の嫌みは二人には挨拶のようなもので、サキが気にしたことはなかった。誠司よりも背が高く、そのせいか、気怠 げに背中を丸める癖があるが、それも気のおけない仲間の前でしかしないことだ。普段はその大きな体ですっくと立ち、誠司と張り合うかのように周囲を威圧している。
ナギの従兄弟というだけあって、特徴のない顔をしているが、当然のことにナギのような鈍さは少しもない。それどころか特徴のない顔を生かして、相手によって顔付きを自在に変えて行く。思惑と気分で、恐ろしくも優しくもなれるのだった。鋭い目付きを隠して、並みの美男子以上の色男にもなれている。サキが特徴のない顔を心からの笑いに崩すのは、気を許す仲間の前でしかしないことだった。
人として見るのなら、クロキの跡継ぎであることは、サキの恐ろしさを表している。サキを恐れない仲間にしか出来ないことだが、よくよく眺める勇気さえあれば、気持ちの優しい男だとわかり、ナギの従兄弟だというのも理解する。ただし、全ては仲間内のことであり、サキの本質が非情でないとは、仲間でも言わないことだった。
サキを知る大半の者は、人当たりの良さに紛 い物の優しさを投影しているのだろう。恐ろしさも裏を返せば強さであり、媚薬となるようで、男女を問わずもてているのだった。
〝妬いてんのか?〟
サキが胸に一物ありげに誠司に答えた。それと同時に、すっと腕を伸ばして誠司の肩を胸に引き寄せていた。
〝心配するな、俺は省吾みたいに心変わりはしない。おまえが誰よりも一番かわいい〟
〝てめぇ、寝ぼけてんのかっ〟
誠司はサキのみぞおちを軽く肘打ちし、サキがうっと唸った隙に体ごと押し遣った。
〝おまえの面食いは語り種なんだよ。顔さえ良けりゃ、下素野郎だろうが構いやしないってな〟
誠司が本気になれば、勝てる者は誰もいない。省吾だけが例外となっている。省吾の一言で誠司には何も出来なくなるからだが、彼らが守る血に棲むものとのかかわりを取り払ったのならどうなるのか、省吾にも勝敗は測れないでいる。サキにしてもわかっていることで、単にからかって楽しんでいるだけだった。普段なら省吾も一緒になって楽しむのだか、葵との待ち合わせを思い、一人でさっさと歩き出していた。
〝好きにやってろ。朝っぱらから誠司がアオに突っ掛かったりしたせいで、予定していた時間に遅れそうなんだよ〟
誠司とサキのじゃれ合いに、ニヤニヤしながら合いの手を入れていた他の三人も無視して、省吾はスマホを手に改札を通った。
〝ったく、サキ、おまえのせいだからなっ〟
昨日のように置いて行かれてはたまらないと焦る誠司には笑えたが、振り返りもせずにホームに向かい、折しも到着した列車にさっと乗り込んだ。
〝いつもより早いのには乗れんだから、いいだろうがっ〟
誠司の怒 った声を先頭に、見るからに勇ましげな男五人が、省吾に遅れないようバタバタと騒がしげに乗り込むと、年頃の男達が発する熱で、車内の空気がむっとしたものに変わった。彼らがむくつけき男達であれば暑苦しいだけで知らん顔をされただろうが、見た目の華やかさでもって、まばらな乗客の眼差しも彼らへと集中した。
省吾は他人のふりをしようかとも思ったが、他の誰よりも目立つ存在では、無理な相談だった。彼らがその大きな体で省吾を守り、過保護にするのは、それが理由でもある。葵があれ程目立つ外見を、いつの間にか周囲に溶け込ませているのが羨ましくてならない。彼らが側にいなかったことが、幸いしたのかもしれないと思うと妬ましいくらいだった。
省吾のそうした思いをよそに、サキが子供の頃から見知っていることを口にした。誠司に近付く為の口実だが、そうしながら省吾をさり気なく誠司と二人で取り囲んでいた。
〝アオってことは、あれか?〟
〝ああ、母親のあれだ〟
屋敷町の駅の改札口とは違い、車内では誠司もサキが身を寄せるのを許していた。殴り合いの喧嘩が余興のような二人だが、基本、誠司とサキは仲がいい。藤野に連れられて来たあの日、揃って額 に絆創膏を貼っていたように、二人には二人だけに通じる彼ららしい共鳴が多々あった。
それは藤野とオオノの繋がりと似たところがあると、省吾には思えてならない。誠司は一心同体と言い表していたが、自分にもそうした相手がいることには気付けないでいる。気付いていないように見せているだけかもしれない。誠司は側に寄るサキを鬱陶しそうに見遣ったが、サキに合わせて、軽い調子で母親の手作りケーキにまつわる出来事を語っていた。
〝見た目は酷いもんだったが、味の方は結構イケててさ。うまいなんて思ったのは初めてだったし、俺なりに褒めてやったんだけど、どうも言い方が正直過ぎたみたいでさ。だけど、褒めたのには変わりないだろ?なのに、アオの野郎、俺を目の敵にしやがって〟
アオの報復は夕食にとどまらず、朝食にも出された。もちろん朝食のテーブルには藤野家の全員が顔を揃えていたが、アオは誠司の分だけに細工をしていた。それがかえって誠司を激怒させた。昨日はアオが殴り掛からんばかりだったが、今朝は誠司の方がそうなっていた。
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