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第三部 23-3

 誠司が言う罰は、省吾にはこの上なく簡単なことだった。誠司に寄生しているそれに、外れるよう命じれば済む。そうしたところで、誠司が誠司であることには変わりない。藤野の一人息子で、省吾の従兄弟というのも、生まれた時からのことだとして疑わない。仲間との付き合いは少しずつ変わるかもしれないが、真理と同じように、何も疑問を持たずに生きて行ける。  誠司に寄生するそれがどうなるかは、千年の昔を思えばわかることだ。主人に許されるまで、意識の共有が可能な誰かを選んで寄生することが出来なくなる。感情のないままに、意志のある何かとして、主人の近くで漂い生きるしかない。 「罰して欲しい?」  省吾が楽しそうに問い返したことが、誠司を苛立たせた。嫌なら、即刻この場から逃げ出せばいいと、言われたようなものだからだ。はぐれ鬼にはなるが、聡に寄生するそれのように、感情を手にしたまま好きに生きられる。省吾がその選択を残してやったことに、誠司は腹を立てていた。 「クソったれがっ」  誠司はままならない思いに、髪を掻きむしった。虚しいだけのように見えたが、多少は気分も良くなったのだろう。省吾と向き合い、目を逸らさずに言葉を継いだ。 「サキから聞いたんだろ?おまえはどうしたい?言ってくれ」  省吾の願いを叶えることを使命と思う誠司らしい言葉に、偽りはない。人としては、聡に一瞬で恋に落ちたというところのようだが、誠司も、寄生するそれも、()がれる思いを捨ててしまった。切ないまでの恋しさをねじ伏せる姿は、誠司を少し大人に見せていた。 「何もしないよ」 「いいのか?前は……」  言い掛けて、途中で言葉を切ったことに、剛造の振る舞いを手助けした時の誠司の惨めさを思わせる。悔いてはいないが、思い切れてもいない。半世紀も昔の出来事だが、誠司に寄生するそれからすれば、忘れられないことのようだった。聡に会いに行ったのは、心残りがそうさせたのだと、省吾にもわかっていた。 「だからだよ」  省吾は誠司の重苦しさを払うように軽く答えた。誠司は聡に会いに行ったことで、何かを悟り、学園にいるあいだは気付けなかったことにも気付けたようだ。藤野達大人が望んだ通り、人である省吾の意志が壊されることなく、血に棲むものとの融合がなし遂げられたのを理解していそうだった。 「決着を付けるいい機会だろう?」  省吾はゆったりと微笑んだ。それに反応し、誠司が顔付きを険しくすると、微笑みを大きくし、物柔らかな口調で緩やかに続けた。 「この町に姿を見せたからには、じきに戻って来る。だから、その時を楽しみにしていればいい。俺と葵の魂は、意志と一緒に血に棲むものに溶けてしまったし、もう別の肉体での人生は望めないからね、あとは二人で陰と陽になるだけだけど、聡にはそんなことは許せないよね?相当焦っていると思う、だから、待っていればいい、じきに向こうから遣って来る」  気安い雰囲気で話す省吾とは反対に、誠司の様子はさらに険しいものになって行く。聡が現れた時に、どうしてやろうかと考えているようだった。それが省吾を喜ばせるとは思っていない。それとも気付いているのか―――。 「サキとも、そこまで話したのか?」 「おまえに無茶をさせたのは自分だと、その言い訳を聞かされただけさ。それくらいの時間しかなかったからね。だけど、あいつは勘がいい。俺の何かが変わったことには気付いている。他の奴らもかな、あとでおまえに連絡して来るさ」  省吾を思って、共鳴も交信もせずに、人らしくいようとしたことで、仲間は幼い頃から省吾自身に目を向けていた。それがあったからこそ、〝早く来い〟というらしくないその一言で、仲間にも微妙な変化が嗅ぎ取れたようだ。  省吾は瞬時に駆け付けた彼らに、忠誠心よりも、温もりに溢れた優しさを感じていた。サキ一人が焦っていた。自分だけが知り得たと得意がっていたのを、省吾の一言でふいにされ、慌てていたのだ。 「サキは今……」  そのサキに、敢えて葵の世話を頼んだ。〝間違っても手を出すな〟と、サキには釘を刺してあるが、押しに弱い葵を思うと、心配でならない。たらしと見抜けるようなしっかりした目を持っていようが、安心出来なかった。 「……葵に夢中だよ」  少しだけ不満げな口調で続けると、誠司の顔に馬鹿にした笑いが浮かんだ。省吾はその見慣れた笑いに、サキが話していたことを思い出す。  誠司が省吾を残して帰ることはない。目的があってしたことはわかっていた。省吾は誠司がどこへ行ったのかを聞こうとしたが、サキの方が先に、自分が(そそのか)したと、言い訳を始めていたのだ。 〝あいつ、睨み付けるだけで、相手を震え上がらせられるのに、中身はバカが付くくらいに真面目で、純粋だろ?〟    そう口早(くちばや)に話し、清らかな乙女のような心根がさせたことだと、笑いながら続けていた。諦めの悪いはぐれ鬼に固執して、諦めを悪くした哀れな男と、言い訳にもならないことまで口にしていた。 〝……誠司は〟  ゲームセンターでロウが話していたことだ。 〝放っておけって言うけどさ……〟  誠司が〝はぐれ鬼〟の相手をしたがらない気持ちもわかる。彼らが新参者を〝はぐれ鬼〟と呼んで笑い者にしたのは、仲間であるたった一人の本物にも劣る集団と嘲っていたからだ。だからこそ、新参者を〝はぐれ鬼〟と呼ぶことが、誠司には面白くなかった。  はぐれ鬼になっても、彼らには仲間であることに変わりない。彼らは仲間を決して見捨てない。主人の許しが出るのを、何年であろうと、それこそ千年であっても、静かに待っている。 待ち方がそれぞれに個性的というのが、彼らのおかしなところだった。  省吾は彼らとは違う。待つ必要がないからこそ、誠司を思うと気持ちがざわつく。サキの話を黙って聞き、スマホに残る詳細を自宅に送るよう言うにとどめたのも、人としての思いを血に棲むものが理解した結果だろう。  サキは硬い面持ちの省吾を前に、微かに眉根を寄せて思案していたが、すぐに晴れやかに笑い、普段通りの軽薄さで答えていた。 〝ああ、あとで送っておくよ。俺達には……省吾は省吾、だもんな〟  今朝、別れ際に言ったことを繰り返し、力強さを感じさせる口元をニヤリとさせた。これといって特徴のない顔が、省吾の目にも眉目秀麗な色男に映っていた。  サキが本心ではどう思っているのか、いつも気になっていた。人である省吾と、血に棲むものとを分けているように感じてならなかった。それが間違っていたことに気付かされた。分けていたのは、血に棲むものとの融合を頑なに拒んでいた省吾の方だ。サキは省吾が省吾のままでいるのを、誠司同様に強く望んでいたのだった。  半身とは不思議なものだと、省吾は思う。双子のようにそっくりであったり、これで付き合えるのかと思うくらいに真逆であったりする。葵はサキを見て、たらしと言ったが、どういった外見であっても、彼らは人を惹き付ける。それを最大限に利用しているのがサキであり、逆に人に煙たがられるように抑え込んでいるのが誠司だった。  サキは誠司を、人らしく言えば、心から愛している。誠司も同じだろうが、互いの愛の形は少しも似ていない。サキは(おお)っぴらに楽しみ、誠司はひたむきに押し隠す。 〝サキは今、葵に夢中だよ〟  省吾の言葉を笑い、馬鹿にした誠司の厳つい顔が、省吾の眼差しを受けて仄かに赤らむ。本当に可愛い奴だと、省吾は今更のように思っていた。どう変化したとしても、省吾が親友であることに変わりないのが、誠司にも理解出来たようだった。

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