100 / 154
第三部 24-1
葵はひややかな眼差しで、サキをさり気なく眺めた。サキはテーブルを挟んだ向こう側の席に、おとなしく座っている。大男には女を意識した内装が窮屈に感じるだろうに、それが可愛らしくも見えている。たらしの面目躍如 というところかもしれない。
部屋は特別室と呼ばれているが、本物の贅沢がある訳ではなかった。アンティーク調の洒落たキャビネットに華やかな造花、格調高そうなミニチュアの数々、そういった作り物の優雅さで高級感を演出している。その部屋の中央に、細長いローテーブルが置かれてあり、テーブルに合わせて、座り心地のいいソファが二つ、向こうとこちらに並べてあった。
壁の色も内装と同じで女好みと言えるものだった。ピンクと薄いクリーム色で、淡くコントラストを付けている。男の集団には居心地がいいとは言えない空間だったが、メイと翔汰は心から楽しんでいた。
ソファはふわふわして気持ちのいいものだったが、喜んでいいのかどうか、悩まされるような複雑な柔らかさでもあった。その向こう側のソファに、サキの見張り番のように田中と井上が左右に座り、右端にリクが座っている。リクと向かい合う位置にコウがいる。こちら側のソファは、コウの隣がメイで、その隣が翔汰で、左端が葵という並びで座っていた。
この席順になるよう采配を振ったのはリクだった。カフェを経営するレストランチェーンのオーナーが父親というリクは、特別室に入るなり、誰にも何も言わせない勢いで、全員をその席に座らせていたのだった。
「ふぅ……」
安堵と心配が入り交じったようなリクの溜め息には、サキだけでなく、メイにも向ける葵のひややかな眼差しを気にしたという思いが浮かんでいる。頼むから、店内で騒ぎを起こしてくれるなと言いたいようだった。
メイのことは翔汰に任せ、サキについては田中と井上を防波堤にしたのだ。リクとコウは一目散に逃げ出せる位置にいる。憎らしいまでの席割りだと、葵は思った。とはいえ、愚痴は出る。
「俺をなんだと思ってやがる?」
葵にも理性というものはある。狂犬のように滅多やたらと噛み付いている訳ではない。それでもメイに翔汰のことで言いたいことはあった。サキにも省吾のことで問い質したいことがある。
そうした男同士の話し合いには、多少のぶつかり合いは付き物だ。葵はどういった時にも、それを覚悟している。二人の体格からしても、ちょっとやそっとで倒れたりしない。何発か殴られようが、屁でもないはずだ。オーナーの息子であるリクからすると、それを店内でされてはたまらないということのようだった。
「篠原君」
翔汰に呼ばれ、サキに向けていたひややかさも自然と緩む。この胡散臭い群れの中では、翔汰の存在は一服の清涼剤になる。説教だろうが構わない。葵はオヤジ臭さ丸出しに、目尻を下げ、ついでに鼻の下も伸ばし、恐怖を思わせる美貌を締まりのない顔へと変えていた。
「なんだよ?」
「僕ね、学園の帰りに、こうしてみんなでカフェに寄ったの、初めてなんだ」
そこで大切な秘密を明かすように、声を潜めて続けて行く。
「本当はね、制服で寄り道するのは禁止されているんだよ、創設から変わらない校則なんだ。だけど、誰も守っていないよ。昔とは違うし、学園の品位を下げない程度なら構わないって感じかな。なのに、田中君も井上君も真面目だから、僕が寄り道しようって誘っても、家に帰って着替えたあとでって言うし、そのうち面倒になっちゃって、僕の家が一番近いから、放課後に遊ぶ時は僕の家ってことになっちゃったんだ」
翔汰の話に無表情でいる二人を見れば、それが大嘘なのがわかる。怪しげなこの町で、これ程までに純粋で素直に育ったのは、家族に守られていたからだろう。両親を一度に亡くした葵にはそれが良くわかる。しかし、大人になる前の中途半端な年頃を思うと、翔汰と言えども家族は疎ましいものだ。学園での意地悪を、親には話せない。
「俺の鈴木と山田は、やっぱ最高だな」
葵は翔汰の可愛さを死守した田中と井上に目を遣り、一人で小さく呟いていた。
「ねぇ、聞いてる?」
翔汰に顔を向けたものの、何を聞かれたのかがわからない。
「ああっと……?」
「もう、篠原君は僕の話、いっつも途中から聞かなくなるねっ」
プンプンしていても、その膨れっ面さえ可愛らしい。そう思いながら、ふと気になり、少しだけ顔を上向かせて、翔汰の頭越しにメイを見た。視線で人を刺せるのなら、今頃、葵は血だらけだ。それ程にメイの目付きは恐ろしいものだったが、葵には痛くもかゆくもない。
「虚仮威 しが」
口だけ動かして、翔汰の頭越しにメイの脅しに応えてやった。
「掛かって来いよ」
メイが口をパクパクさせて、サキに文句を言っている。サキが微かに首を横に振り、挑発に乗るなと戒めていたからだが、メイにはサキのその態度も我慢ならないようだった。前にも増して葵をきつく睨み、野獣のように歯を剥き出しにし、ガルルルっと、低い唸り声まで出している。全て翔汰の頭越しにしていたことだが、世話好きの翔汰が気付かないはずはない。
「メイ先輩、どうかしたの?」
翔汰に話し掛けられると、瞬時にメイは野獣から小犬へとその身を変えていた。しゅんとし、ウルウルした目を向けて、翔汰に可愛く媚びている。
「僕が話題のケーキを食べたいって言ったから、メイ先輩に無理をさせちゃった?」
「ううん、違うよ」
メイは翔汰をきゅっと抱き締めた。その抱擁から逃れようとする翔汰の小柄な体が、柔らかなぬいぐるみを抱いた時のように、くの字に大きくひしゃげるくらい、強く胸に引き寄せてから続けた。
「翔汰があっちとばっかり話して、俺とはちっとも話してくれないから、寂しかったの」
ともだちにシェアしよう!