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第三部 24-2

 メイの子供っぽさは、仲間にはいつものことのようだ。葵に翔汰、もちろん田中と井上は知らないことだが、翔汰以外の全員がメイのわざとらしい物言いに苦り切っていた。翔汰だけは違う。本心から心配している。  葵は翔汰の純真さは国宝級だと思うからこそ、翔汰が果敢にもメイの抱擁を外そうとしていることには喜んでいた。翔汰の手付きは勇ましく、小柄であっても、中身はメイにも劣らないでっかい男なのだ。それがわかり、葵はついニヤリとしてしまう。 「篠原君、何がおかしいの?」 「なんか、委員長が可愛くてたまんねぇと思ってさ」 「篠原君までそんなこと言わないでよ、家でも散々言われてるんだ」  翔汰はしつこく伸びて来るメイの手をぐいぐい押し遣りながら、むくれるようにして話し出していた。 「僕、二つ違いのお姉ちゃんがいるんだけど、ちっちゃい頃から、お人形さん遊び代わりに、お姉ちゃんのお古を着せられていたんだ。お姉ちゃん、お人形を怖がって、買ってあげても大泣きして、困ったって、お母さんが言ってた。それがね、僕が生まれると、僕にお古を着せて、遊び出したんだって。お父さんもお母さんも、可愛い可愛いって言うから、僕、それが普通だって勘違いしちゃったんだよ。小学校に入学して、おかしいってわかったけど、なんかみんな、僕のこと笑ってさ、意地悪はされなかったけど、友達って感じでもなかった。田中君と井上君は学区が違ってたし、僕のこと、知らなかったみたいで、仲良くしてくれたんだ。学園で二人と友達になれたから、やっと男の遊びが出来るようになれて、僕、嬉しくてたまらないんだよ」  最後はにっこりした翔汰の長話を、田中と井上は無表情を保って聞き流していた。メイは瞳をキラキラさせて聞き入っている。他の男達は唖然としていたが、葵は我慢も限界と、声を上げて笑ってしまった。  この町に来て、省吾を筆頭に胡散臭い奴らばかりと知り合った。面白い連中だとは思うが、付き合いには気を付けなくてはならない。少し様子が違うが、田中と井上という奇妙奇天烈な友達も出来た。それに翔汰だ。これ程に可愛いのに懐かれて、目も鼻も下がりっぱなしだった。葵は両親を事故で亡くしてから初めて、その死に感じる呵責を忘れ、心から笑った。  稀少な美に彩られる顔に浮かぶ笑いは、柔和に輝き、ゆったりとして芸術的でもあった。  それは隣り合わせに座る三人には見えないが、向かい側に座る四人には眺められる。田中と井上は揃って葵から視線を外し、翔汰へと動かし、ぴたりと定めて、この日曜に、宇宙人と人間の死闘を描いた新作映画を観に行こうと誘っている。翔汰が葵もと二人に誘い返すと、二人は同時に頬を染めて頷いていた。 「俺も!」  メイが癇癪を起こした子供のように叫んだ。黙っていないのはわかっていたが、的外れな話で勢い込んでいるのが、メイにはわからない。 「俺もそれ観たかったんだ。ゾンビ菌に侵されたとも知らないで、宇宙人が地球に侵略して来るんだよね。生き残った人間とゾンビと宇宙人の三つ巴が話題だけど、ゾンビ化した宇宙人も登場するんだ。首が飛び跳ね、内臓ドバッ、凄惨で残酷なシーンが見物(みもの)の映画なんて、ワクワクだよね。ロウとリクを誘ったけど、マイナーだの、オタクものだのって言って、相手にしてくれなくてさ、腐ってたんだ。だけど、翔汰と好みが一緒なんて、嬉しい偶然。俺達の出会いは、ホント、運命だね」  翔汰が真っ青になっているのも構わず、メイは翔汰に頬ずりまでしていた。映画の内容に愕然とする翔汰は、メイのなすがままだ。その様子に、田中と井上がチェッと揃って舌打ちしたことで、葵は二人が何を考えていたのかを悟った。  ゲーム感覚で楽しめる宇宙戦争ものと、翔汰に思わせようとしたのだ。何も知らずに観始めたところで、泣きそうになる翔汰を楽しみ、慰め、可愛がる。幽霊話の時のように、葵には田中と井上の考えが透けて見えた。それがメイにはわからない。  葵は笑った。さらに明るく楽しげに、美しい顔を綻ばせて行く。両親の死後、葵から子供らしさは消え失せたが、代わりに、類い稀な美貌に恐ろしさが現れた。それが今この時には、恐怖を思わせる美しさにも、気高い輝きが満ち満ちている。  右端に座るリクが、突然席を立った。部屋を出て、注文が遅いと言いながら、店の支配人を呼び付けている。向かいに座るコウは不思議そうにしていたが、コウには葵が見えていないのだから仕方がない。  サキは逃げたりしない。目を逸らさずに、挑戦的とも言える眼差しで、鑑賞するかのように葵の顔をじっくりと眺めている。葵がサキの無遠慮な視線に気付き、目付きをきつくして、ひややかに見返すと、サキは残念そうに軽く息を吐いていた。 「ガンつけてんじゃねぇぞ」 「違う、俺は美しい顔に目がなくてね」  省吾にも美しいと何度も言われ、葵はうんざりしていた。大男にまで言われるのが癪でならない。それならと、二度と言う気が起きないくらいに、サキを罵倒してやろうかと思った。それも〝美しい〟という言葉が切っ掛けで、三つ巴映画の衝撃から抜け出した翔汰に遮られ、苦笑に変わる。 「うん、篠原君って凄く綺麗だよね。僕は最初、恥ずかしくて、ちゃんと見られなかった。だけど、もう大丈夫だよ、だって友達だもん、慣れちゃった。先輩は……無理、ドキドキして、僕、おかしくなっちゃう」  サキが男らしい低い笑い声を、楽しそうに響かせた。翔汰に視線を移し、優しい口調で答えている。 「だよな、小猿君と意見が合って、俺も慰められたよ」  メイがはっとして、葵に向けた以上の恐ろしさでサキを見る。たらしに本気になられては、たまらないというところだろう。翔汰は小猿呼ばわりされたことさえ気にせず、サキに笑顔を返していた。 「同情するぜ」  葵はまたも口だけ動かして、翔汰の頭越しにメイへと思いを伝えた。メイはむすっとしていたが、微かに頷いている。敵は葵ではないと気付いたようだった。

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