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第四部 31-3

 聡が厄介なのは確かだった。〝はぐれ鬼〟になってまで、主人の欠片を欲しがるそれを寄生させているからだが、血に棲むものと融合し終えた省吾の敵になりようがないのも確かだった。はぐれ鬼だろうが眷属であることに変わりない。聡に何をさせようが徒労に終わる。  それをわざわざ関心を持ち、決着を付けることにしたのは、眷属として生み出された彼らの決して仲間を見捨てない思いに応えてのことだった。ひたすら待ち望んだその時が来たと知れば、彼らは動き出す。その許しを、省吾は誠司を通して出していた。 〝あの可愛さはおまえ好みだろう?〟  誠司にその人生を楽しめと言った瞬間から、聡は〝はぐれ鬼〟ではなくなっていた。聡本人は気付いていないが、この町に来ると決めたことで、仲間達に囲い込まれ始めている。全てが誠司の為だった。藤野は父親としての思いから認めたくないようだが、仲間達は誠司の人としての気持ちに決めさせようとしている。  聡のことは仲間内の問題だ。彼らが始末を付ける。厄介ではあっても、省吾の手に余るというものではなかった。省吾にとって、本当の意味で厄介と言えるのは小猿だろう。いつもいつも、あどけない顔で葵の側にくっ付いている。邪心のない幼さが邪魔をして、意識の共有が出来そうな眷属もいない。省吾にはそのことが何よりも腹立たしかった。  その厄介者の姿を、省吾はエントランスホールからずっと目にしていない。双子もどきのことは考えもしなかった。二人が仲間なのはわかっている。共鳴も交信もせずに、離れて行動するのを選んだ半身だが、誠司達と繋がってしまったからには、その枠組みに囚われることになった。誠司達と同様に、主人を第一にしなくてはならない。二人は小猿というお気に入りの玩具を、省吾に取り上げられないよう、小猿がいないところには決して姿を見せなかった。  葵は小猿をどう追い払ったのだろう。何を言って納得させたにしても、小猿がいないということは、メイもいないということだ。そうなるとコウとリクも遠慮する。メイが暴走しないよう監視すると言って、省吾を一人にしてくれた。  葵は省吾のことを、せっかちで知りたがりと言うが、否定しない。葵が省吾をせっかちで知りたがりにさせる。聡のこと、小猿のこと、それ以外の何もかもをわかっていたい。興味の幅が狭いというのも認めよう。その幅が葵にしかないということの、何が悪いというのだろう。  省吾はようやく手に入れた二人の時間を楽しみたかった。ふざけるのもいい。些細なことで言い合うのも構わない。腹がすいたと言って、話をはぐらかすのなら、それに付き合うまでと思うのだった。 「わかったよ……」  省吾は物柔らかな口調で、いつにも増して緩やかに言う。 「……それで、何が食べたい?」 「何って、もう店には電話したぜ」 「どこ?」 「マキノんとこ」  省吾は言葉に詰まった。夏の暑さとは別の熱が戻って来る。これも省吾には初めてのことだった。  マキノの店は省吾には思い入れの強い場所だった。藤野の洋館では知り得ることのない喜びと慰めを、心と肉体に与えてくれている。三つ巴の気色悪いゾンビ映画のあとに、夕食も兼ねて全員で向かったあの日は、いつになく健全だったが、忘れられない日にもなった。マキノは小猿のことを即座に気に入った。匂いですぐに仲間とわかった双子もどきのこともだ。 〝なんて可愛い子達なの〟  そう言って、マキノは三人をひとまとめにしてきゅっと抱き締めていた。 〝省吾も誠司も、他の子達もだけれど、あれでね、昔はあなた達みたいに可愛かったのよ、だけど、今はもう捻くれちゃって、憎たらしいだけよ。あなた達は絶対にあんな風にならないでね〟  一人一人の両頬に、チュチュっとキスをしたのは、マキノなりのマーキングのようなものだろう。葵が引きつった顔で眺めていたのを、意識したのかもしれない。  葵は最初から省吾達と同じように扱われている。それが不満だったようだが、腹を立てたという訳ではなさそうだった。その後も三人と連れ立って、マキノの店に通っているのは聞いている。もちろん食事をしにだ。  小猿と双子もどきは、店の二階に何があるかを知らない。三人に教えようという者もいない。マキノが許さないからだが、省吾は出会って早々に葵を連れ込んでいる。食事とは別の不健全なことが頭に浮かんで当然ということだ。  省吾は我ながらよく耐えたと思う。葵がその気になるまで待つという紳士的な理由からではない。主導権の取り合いみたいなものだ。それを省吾に渡すと―――マキノの店に誘うとはそうした意味だと、省吾は理解したのだった。 「本気か?」  自分でも腑抜けた調子になっているとわかっていたが、聞かずにはいられなかった。それを葵に笑われるとは思わなかった。 「ああ、すきっ(ぱら)じゃ、なんもしたかねぇぞ、話も()ってからさ」  省吾はむっとした。葵にからかわれるのは、誠司達にからかわれるのと少し違う。冗談とわかっていても、からかい返せないことがある。それが傷付くことだとは、欲望に戸惑わされたことのない男には気付けなかった。  省吾は言葉を返す代わりに、葵の肩にあった腕を動かし、首を絞めるようにぐいっと力を込めて引き寄せた。葵が嫌がれば、それだけで楽しい。 「クっ……っ!ク……ソがっ!」  葵には外せない。わかった上で、省吾は葵を引きずるようにして、通い慣れた道を学園前の駅へと歩いた。駅の賑わいの中でも葵を離さなかった。さすがに首を絞めるのはやめたが、人目も気にせず堂々と肩を抱き寄せていた。

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