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第12話
3.
「おや、これは珍しいお客さんが来てくれたね」
「遅いじゃないか。30分も待たせやがって」
「そんなに待った?」
「待ったよ。何だよ、張り紙に『10分で戻ります』って書いてたくせに」
「ここはロンドンだろ? 英国ってのは、いつからそんなに、約束通りに物事が運ぶ国になったんだい?」
「昔からそうだよ」
レイは面白くなさそうに言う。
「僕に会いに来てくれたのか?」
「そうじゃなきゃ、わざわざ外で待ってたりしないだろ?」
「可愛い僕のレイモンド、嬉しいことを言ってくれるね」
ジュリアンはレイの肩を抱き、自分の方へぐいっと引き寄せる。
「止めろよ。こんなところでよく恥ずかしげもなく、そういうこと出来るよな」
「路上でなければいいのか?」
「そういう意味じゃない」
レイはジュリアンの胸を押し返して、体を離そうとするが、背が高く力が強い彼には敵わない。
「僕の新しいギャラリーを、じっくりと見ていってくれよ」
ジュリアンはレイの肩を抱いたまま、ギャラリーの扉を開けて中に入る。
ギャラリーの中は、まだ改装途中だった。壁は塗り立ててで、ペンキの臭いが漂っており、絵は何も掛かっていない。什器類も全てビニールがかかったままだ。
「明後日の夜が、オープニングのパーティなんだ。レイモンドも勿論来てくれるんだろう? 昔のよしみって奴で……」
ジュリアンはそう言って、レイの肩を持って、自分の正面へ体を向けさせる。レイは厳しい顔をして、そっぽを向いていた。
「そんな顔するなよ。四年ぶりにゆっくり話せる機会が出来たんだから。……ワインでも飲むか? いや、レイモンドは、シャンパンだ。きみは昔から、シャンパンが大好きだったな。旨いシャンパンには目がなくて……今もそうなのか?」
「昔話をしに来た訳じゃない」
「じゃ、何をしに来たんだい?」
「トリノの聖母子」
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