13 / 82

第13話

「え?」 「どうして、あの絵が市場に出回ってるんだよ」 「何を言ってるんだ?」 「僕を騙すのに使った、あのトリノの聖母子だよ!」 「トリノの聖母子? ああ、あの絵か……」 「あの絵か、じゃないよ。どうして……?」  愕然とした表情で、レイはジュリアンを見つめる。ジュリアンは、今一つピンと来ないらしく、レイの反応に驚いてぽかん、としている。 「どうして、って、あの絵がどうかしたのか?」 「何も知らないのか?」 「一体何を言ってるんだか、さっぱり分からないんだが」 「……またそうやって、僕を騙そうって魂胆なんじゃないのか?」 「きみを騙すのはあれで懲りたよ。きみを騙した代償が、自分の店と顧客を失い、ロンドンを離れなきゃならなくなったんだからな。もうこりごりだよ」  ジュリアンは苦笑して言った。 「それじゃ、あの絵は……? 僕を騙すのに使ったトリノの聖母子はあの後、どうしたんだ?」 「……どうしたんだったかな?」  レイの問いに、ジュリアンは遠くを見るような目をして、絵について思い出そうとしているようだった。しばらく考えた後、駄目だ、と小さく呟いて頭を振る。 「思い出せない。あの時は、とにかく早くロンドンを離れなきゃならなかったから、取るものも取りあえず、ベルリンに飛んだからね。その後の店の始末は、知り合いに頼んだけど、全部売り払ったんじゃなかったかな……そんな状態だったから、トリノの聖母子がどうなったのかも、全く覚えていないんだ」 「じゃあ、その時に市場に出たのか……」 「いや、贋作をわざわざ市場に出すような間抜けな真似は、流石に慌ててたとしても絶対にしないよ。そんな迂闊な失敗をしたら、僕のビジネスに差し障りがあるだろう?」  確かにそうだった。贋作を市場に出したアートディーラー、などという評判が立ってしまえば、もうこの業界では商売が出来ない。いくらジュリアンであっても、そんな危ない橋を渡る訳がなかった。

ともだちにシェアしよう!