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第13話
「え?」
「どうして、あの絵が市場に出回ってるんだよ」
「何を言ってるんだ?」
「僕を騙すのに使った、あのトリノの聖母子だよ!」
「トリノの聖母子? ああ、あの絵か……」
「あの絵か、じゃないよ。どうして……?」
愕然とした表情で、レイはジュリアンを見つめる。ジュリアンは、今一つピンと来ないらしく、レイの反応に驚いてぽかん、としている。
「どうして、って、あの絵がどうかしたのか?」
「何も知らないのか?」
「一体何を言ってるんだか、さっぱり分からないんだが」
「……またそうやって、僕を騙そうって魂胆なんじゃないのか?」
「きみを騙すのはあれで懲りたよ。きみを騙した代償が、自分の店と顧客を失い、ロンドンを離れなきゃならなくなったんだからな。もうこりごりだよ」
ジュリアンは苦笑して言った。
「それじゃ、あの絵は……? 僕を騙すのに使ったトリノの聖母子はあの後、どうしたんだ?」
「……どうしたんだったかな?」
レイの問いに、ジュリアンは遠くを見るような目をして、絵について思い出そうとしているようだった。しばらく考えた後、駄目だ、と小さく呟いて頭を振る。
「思い出せない。あの時は、とにかく早くロンドンを離れなきゃならなかったから、取るものも取りあえず、ベルリンに飛んだからね。その後の店の始末は、知り合いに頼んだけど、全部売り払ったんじゃなかったかな……そんな状態だったから、トリノの聖母子がどうなったのかも、全く覚えていないんだ」
「じゃあ、その時に市場に出たのか……」
「いや、贋作をわざわざ市場に出すような間抜けな真似は、流石に慌ててたとしても絶対にしないよ。そんな迂闊な失敗をしたら、僕のビジネスに差し障りがあるだろう?」
確かにそうだった。贋作を市場に出したアートディーラー、などという評判が立ってしまえば、もうこの業界では商売が出来ない。いくらジュリアンであっても、そんな危ない橋を渡る訳がなかった。
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