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第16話
5.
ランチタイム後、デスクに戻ると、セーラがすぐにリチャードに声をかけてくる。
「ブルック巡査と、どこで食事してきたの?」
「いつものパブ、ロンドン・タヴァーンだよ。ランチ休憩の短い時間じゃ、遠くまで行くのは無理だろう?」
ちらり、とセーラがサーシャに目を向ける。彼女は上機嫌で、鼻歌を歌いながら書類に目を通していた。リチャードと二人だけで食事に行ったのが、余程嬉しかったようだ。
「朝、頼まれてたギャラリー・テイラーの件だけど……」
「分かったのか?」
「ええ。オーナーはジュリアン・テイラー、29歳。以前ロンドンで、別のギャラリーを経営してたんだけど、何故か四年前に急に店を閉めてベルリンに移住してるわ。移住後はそちらでビジネスをしてる。今回はベルリンのギャラリーの支店、という名目でストランドに店を開くみたいね。オープニングは明日の予定よ」
「四年前……か」
リチャードは、四年前のレイについては何も知らない。レイは、リチャードに五年前からずっと恋い焦がれていたが、当の本人はレイの存在にすら気付いていなかったのだ。
自分の知らない間のレイと、あの絵に何か関係があるのに違いない、とリチャードの勘が告げている。そしてきっとそれには、あの黒髪の男、ジュリアン・テイラーが何らかの形で関わっているのだろう。だが、それ以上は何も分からなかった。
「ねえ、このギャラリーがどうかしたの?」
「……多分、何か事件に関係があるんじゃないかと思う。でもそれが何なのかは、全く分からないんだ」
「リチャードお得意の鋭い勘働き?」
「そんなところ」
リチャードは、セーラから視線を逸らす。
あの店の前で、レイがジュリアン・テイラーと親しげに話をして、その上肩まで抱かせていたなんて、絶対にセーラには言えない。いや、言いたくはなかった。
だがもしも、自分の今の表情をセーラが見たら、何かがおかしいと気付かれてしまうだろう。
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