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第18話

6.  二人は行きつけのパブ、ロンドン・タヴァーンへ行った。METで仕事をするようになってから、二人が行くのは必ず決まってこのパブだった。庁舎の近くにあるという立地の良さと、終業後の時間は近くで働く会社員や役所関係の職員達で、常に混雑して賑やかなため、あまり周囲を気にせずに込み入った話をするのが可能だったからだ。  静かなパブでは逆に周囲の耳が気になって、聞かれたくない話は出来ない。  リチャードはセーラに「いつものでいい?」と尋ねて、彼女が頷くのを見ると、混み合うカウンターへ、飲み物を買いに行く。  セーラは、一番奥の窓際の席が空いているのを見つけて座った。ここならば、周りの目も耳も気にならない。  リチャードが、パイントグラスを二つ持って戻ってくる。 「どうしたの一体?」  セーラは、ビールを一口飲むとすぐに尋ねる。 「……セーラ……俺、レイに捨てられるかも……」  リチャードは、思わずそう言ってしまう。これまでずっと、どうやってセーラに話を切り出そうかと散々悩んでいたのに、いざ口にすると情けない言葉しか出てこなかった。  リチャードは口を開いた途端、今まで溜め込んでいた不安な気持ちが爆発しそうになる。 「……え?」  そんなリチャードとは裏腹に、セーラは呆気に取られた顔で、二の句が継げずにいる。彼女はビールを飲み、一拍おいた後、ようやく口を開いた。 「レイくんが、リチャードを捨てるなんてあり得ないじゃないの。どうしてそう思うの?」  リチャードはビールをぐいっと呷ると、勢いに任せてセーラに自分が見たジュリアンとレイの様子を話してしまう。もう彼一人の心の中に、秘密として仕舞っておくのは無理だった。ずっと自分の中で反芻し続けていたせいで、まるで今も目の前で同じ光景が繰り返されているかのように、すらすらと話せてしまう。  リチャードが話を終えると、セーラは溜息をついた。 「きっとレイくんは、何か事情があって、リチャードには内緒にしてるのよ。そのジュリアンって男、もう少し調べてみるわ。きっと過去に、レイくんと何か関係があったんじゃないかしら。四年前に突然出国してるのも気になるし」 「頼んでいいかな。……気になって、どうしていいのか分からないんだ」 「分かったわ。それにしても、リチャード変わったわね」 「変わった……? どう?」 「誰か一人にそんなに執着するリチャードなんて、今までに見た記憶がないから」 「そう……かな」 「そうよ。今まで付き合ってきたガールフレンド、誰一人として、リチャードはそんなに気に掛けてなかったわよ? だからちょっと意外」 「そんな事ないと思うけど」 「過去に付き合ってたガールフレンドの子達、みんな口を揃えて、あなたが恋愛に全然熱心になってくれない、って私に愚痴をこぼして、その挙げ句にあなたを振ったんじゃない。覚えてないの?」 「……覚えてない」 「ほら、それが証拠よ。リチャードは、歴代付き合ってきたガールフレンドについて、何一つ覚えてないんじゃない。つまり、執着心がまったくなかった、っていう証拠でしょう?」  呆れ返った顔で、セーラは言い切った。 「そうなのか……」 「いい変化なんだから、喜びなさい」  セーラはそう言って、リチャードの肩をぽん、と叩いた。

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