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第26話

「レイモンドくんは、宗教画が好きなのかい?」 「あ、はい。大学で専攻してたんで……」 「じゃあ、僕よりもずっと詳しいんじゃないか。下手な講釈なんかして悪かったね」 「いえ。……あの、将来ギャラリーをやりたいんです。仕事のやり方を教えて貰えませんか?」  今思い返せば、何故あの時こんな大胆な発言をしたのか分からない。ジュリアンが絵を扱う仕事が幸せだ、と語った言葉に、ひどく感銘を受けていたからかもしれない。とにかくこの人から何かを学びたい、と強烈に思ったんだ。  ジュリアンはちょっと驚いた顔をしたが、すぐに「面白いね、きみ」と僕に向かって微笑んだ。 「見習いって扱いでもいいかな?」 「いいんですか?」 「丁度、長く勤めて貰ってた女性が産休中なんだ。その間だけで良ければ……の話だけど」 「お願いします」  僕はこの日からジュリアンのギャラリーで、見習いとして働くようになった。  勿論その間、僕自身のギャラリーは今まで通り、ローリーに任せきりだ。ローリーは、不満そうに僕の顔を見るとぶつぶつ言っていたが、彼のお小言に僕がまったく耳を傾けないので、そのうち諦めたようだった。  ジュリアンは、アートディラーとしての腕は今一つだったけど、僕の先生としては満足な働きをしてくれた。  ギャラリーをどうやって運営したらいいのか、同業者との付き合い方、顧客をどうやって得たらいいのか、一から全部細かく熱心に教えてくれた。僕は彼から学べる物は、全て吸収した。  ジュリアンは、僕の覚えが良いので随分感心していた。 「こんなに早く覚えるなんて、産休中のスタッフが戻ってくる前に、きみはもう何も僕から学ぶ物なんてなくなるんじゃないか?」  ある日、彼はそう言って笑った。だけど決してそれは誇張じゃなくて、本当だったんだ。  僕が彼のギャラリーに勉強に行き始めて、二週間半が経った頃だった。  ジュリアンは、いつものようにギャラリーの経営についての話をしていたが、突然話を止めると真剣な顔をして僕を見つめた。 「レイモンド、今日の夜、一緒にディナーに行かないか?」 「……ディナー? いいけど、どこに行くの?」  これまでにも彼からは何度もディナーに誘われていた。彼はとても美食家で、いつも美味しい店に連れて行ってくれるから、僕も喜んでお供していた。今夜もまた、美味しい食事とアルコールをご馳走して貰えるんだろうか……僕は、何を食べようかとわくわくしていた。 「……レイモンド、今晩、食事の後は僕の家においで」  そう言って、ジュリアンは僕の腰に手を回して抱き寄せた。僕は突然の事にびっくりして、その場に固まってしまった。彼は普段からスキンシップが多い人だったけれど、それは彼の親しみを込めたジェスチャーだと思っていたから、何も考えずに受け入れていたんだ。だけど、今この場で僕の腰に回した彼の手は、それ以上を求めていた。  どうしたらいいのか分からず、じっとしていたのを、彼はOKのサインだと思ったらしく、顔を近づけて僕にキスしてきた。

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