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第28話

 そんな風にして何事もなく、また二週間が過ぎた。  いつものように僕がギャラリーへ行くと、産休中の女性スタッフが翌週後半には戻ってくる、とジュリアンは告げた。  もうジュリアンの元で学ぶべき事は何もない、と十分に満足していた。だから産休中だった女性スタッフが戻ってきてくれるのは、ここを辞めるのに良い機会だと思った。  ジュリアンは来週いっぱいで見習い期間は終了だ、と少し寂しそうな表情で言った。彼ははっきりと口にはしなかったけれど、内心教師役をするのが気に入っていたようだった。  そして僕がその日の仕事を終えて帰宅しようとした時に、こう言ったんだ。 「レイモンド、来週の月曜日に卒業試験をしよう」 「卒業試験?」 「そう。試験の内容は月曜日に言うよ。楽しみにしていて」  いたずらっ子めいた表情で、ジュリアンは言った。  週末が何となく過ぎて、月曜日がやって来た。  僕が朝ギャラリーに行くと、ジュリアンは張り切って「さあ、これからきみの卒業試験の始まりだ」と言った。 「試験って、何をするの?」 「僕の顧客の一人が、ある絵画を欲しがっていてね。それを扱ってる画商までは、僕が探し出してあるから、きみが今から僕の名代でその店に行って、交渉をまとめて欲しいんだ。つまりビジネスの契約の部分を、実際に経験して来て欲しいんだよ」  これは難しい試験だった。  僕は、それまで一度も絵画の売買を実際にやったことがなくて、いつもローリーに任せきりにしていたから、初めての経験だったんだ。  絵画の値段なんて、本当のところあるようでないに等しい。  オークションが行われる際に提示される予想落札価格、と言うのがあるだろう? つまり予想は出来ても、誰にも本当のその絵画の値段なんて分からないんだ。  その時代の流行だったり、人の好みだったり、話題性だったり、需要のあるなし、いろんな要素が組み合わさって、その絵の価値が決まる。  それまでは数十億の価値がある、とされていた絵だって、何らかの外的要因で、突然一億程度に価格が下がることだってあるんだ。  ある意味アートディーラーの仕事なんて、ギャンブラーと変わらない。  時流と流行を見定める能力、そして審美眼と度胸を備えていなければ、一流のディーラーにはなれないんだ。  そんな大事な交渉をまとめられるか不安だったけど、同時にこれを上手く乗り切れば、一人前のディーラーデビューが出来る、と胸が躍った。  そんな僕をジュリアンは満足気に見てたけど、今思えば彼は心の中で、まったく違う事を考えていたんだろう。

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