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第31話

僕は絵をじっくりと眺める。  実は、初見の時にちょっと引っ掛かった部分があったんだ。だからもっと詳しく間近で絵を見て確認したかった。  僕は聖母マリアの青いヴェールに指を走らせた。何故か、とてもその部分が気になったんだ。  そこは絵の中で最初に感じた違和感だった。じっと見つめているうちに、その違和感がじわじわと、次第に絵全体に広がって行くような感覚に僕は陥っていた。何かが違う。それが、何なのか見極められそうな気がした……と、その時にふと視線を感じて目線を上げると、アルフィーが心配そうな顔をして僕を見つめていた。そして間髪入れずに「値段の件なのですが……」と尋ねてくる。  僕は古びた店内の様子を思い出していた。多分、このギャラリーは資金繰りに苦労してるに違いない。だから早く商談をまとめたがっているのだ。だとすれば、こちらのチャンスではないか、と思い付いた。  相手の足元を見ているようで、少し気乗りがしなかったけれど、ジュリアンに僕を認めさせる良いチャンスだった。 「そちらの言い値は、お幾らなのでしょう?」  僕は自信たっぷりに堂々とした態度で尋ねる。素人臭さを出したら負けだ。 「ご、五万ポンドでどうでしょう?」  おずおずと彼がそう言った。 「……二万五千ポンドでは?」  僕は彼の言った値段の半分の金額を提示した。アルフィーは、僕の態度に少し驚いたようだった。きっとお使いの人間に過ぎないのだから、適当にあしらえると思っていたのだろう。 「あの……四万ポンドでいかがでしょうか?」  明らかにアルフィーは自信を失っていた。  交渉の席では自信を先に失った方が負けだ。僕は心の中で密かに「チェックメイト」と呟いた。 「三万ポンド。これ以上は出しません」 「……分かりました。いいでしょう、そのお値段でお譲りします」  アルフィーは、どこかホッとしたような表情を浮かべた。きっと彼の中の最低ラインの金額だったのに違いない。 「入金を確認後、絵はテイラーさんのところへ直接お届けにあがります。テイラーさんにどうぞよろしくお伝えください」  アルフィーは僕に握手を求めてきたので、握り返して挨拶する。 「レイモンドさん、あなたは良いディーラーになりますよ。僕が保証します」  彼はそう言って、にっこりと微笑んだ。 「あ……ありがとうございます」  僕はその時てっきり商談が上手くまとまったので、彼も気分が良くて、それで笑顔で褒めてくれたんだと、そう思い込んでいた。  でも本当は違ったんだ。彼の言葉の意味が分かったのは、もっと後でのことだった。

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