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第33話
ジュリアンはそう言うと、手にしていたグラスをデスクの上に置いて、手荒く僕を壁に押しつけた。
「やっ、止めろよ……」
僕は抵抗しようとした……その時に気付いたんだ。自分の体に異変が起きていたことに。
目の前が少しずつ霞んでいって、体に力が入らなくなってきていた。
「……僕のシャンパンにドラッグ入れたの?」
「流石、僕の教え子は察しがいいねえ。薬が効くのはもう少し先だと思ってたけど、もう気付いたのか?」
僕は震える手で、持っていたグラスのシャンパンを、ジュリアンの顔目掛けて勢いよくぶちまけた。
「くそっ」
彼は口汚く罵ると、顔を両手で覆って僕から離れる。その隙に足をもつれさせながら、ギャラリーのドアを開けて外へ飛び出した。
歩道で倒れたら駄目だ、ジュリアンが店の中から追いかけて来て連れ戻すに決まってる。もっと多くの人の目に触れて、ジュリアンが手を出せない状況に、自分の身を置かなきゃ。
僕は薄れ行く意識の中で、かろうじてそれだけを必死に考えて、そして、車が行き交う通りへ身を躍らせた。
キキーッ、という急ブレーキの音、そして「人が倒れてる!」「車に轢かれたのか?!」「誰か999コールしろ! 救急車だ!」とその場にいた人たちが、口々に叫んでいるのが聞こえてくる。その声は段々エコーがかかり、はっきりと聞き取りにくくなって……
そして、僕の意識は暗転した。
次に目覚めた時は、病院のベッドの上だった。
真っ白なシーツに包まれて、腕には点滴の針が刺さってた。僕はゆっくりと周りを見る。もしかしてジュリアンがいるんじゃないか、って思ったら気が気じゃなかったんだ。
でもそこにはジュリアンの代わりに、ローリーがいた。彼はベッドサイドの椅子に座って、雑誌を捲ってた。僕が目覚めたのに気付くと、ほっとした顔をして微笑んでくれた。
「大丈夫か?」
「……うん」
「あんまり無茶するなよ。心配したじゃないか」
「ごめん」
ローリーは、僕に何一つ尋ねようとはしなかった。彼への罪悪感から、何度か何があったのかを話そうと思ったけれど、結局話す勇気がなくて言えなかった。
僕は奇跡的に無傷で、翌日には退院出来た。
車道に飛び出した時に運悪く通りかかった車の運転手は、余程運転技術に優れた人だったらしく、急ブレーキをかけた車は僕の体の寸前で停まっていたそうだ。
それを目撃した人たちは、僕はなんて幸運な人間なんだろう言ってたらしいけど、本当に幸運だったのは車の運転手だっただろう。だって彼には何の落ち度もなかったのに、僕のせいで、危うく人殺しになりかけたんだから。
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