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第37話

 それから二日後。  それまでは僕もローリーもあえて、二日前の出来事には何も触れずに過ごしてきた。時折それは、二人の間に不自然な空気を醸し出したけど、ローリーが何も言わないのは僕への優しさからだって、分かっていたから何も言わなかった。  自分自身でもまだショックから抜け出せていなくて、その話題に触れて欲しくなかったのもある。  二日経っても、僕の口元には小さな絆創膏が貼られていて、頬はみっともなく腫れていた。ローリーは「そんな顔で店に出て貰ったら困るな」と冷たく言って、僕をバックオフィスに押し込んだ。倒れた時に打った肩や背中がまだ痛んでいて、正直こんな体でギャラリーのデスクに張り付いているのも辛かったから、これは逆に有り難かった。 「丁度良いから、店の帳簿付けして」  ローリーは、僕にラップトップコンピューターを押しつけると、自分はギャラリーのデスクに居場所を定める。  僕はそんなの一度もやったことなかったけど、幸か不幸か帳簿の付け方は、ジュリアンに教えて貰っていたので、ローリーからざっと概略の説明を受けただけで、難なくこなせた。  ランチタイムになり、ローリーが近所のカフェからサンドイッチを買ってきてくれた。ローリーは店を閉めて、二人でバックオフィスのソファに並んでランチを食べる。時折彼が何てことない話を振ってきたけど、僕は上の空だったので適当な返事をして誤魔化した。  僕が痛む口元を庇いながら、サンドイッチに齧り付いた時、ローリーがタイミングを計っていたかのように、重々しく口を開いた。 「……レイ、あのジュリアンって男は、とんでもない食わせ物だったんだよ。きみは騙されてたんだ」 「……どういうこと?」 「あいつ、表向きは真っ当なディーラー面してるけど、実は普通のマーケットで取り扱えないような商品を、ブラックマーケットに流す仕事をしてたんだ」  僕は彼のギャラリーの様子を思い出していた。三流のあまり買い手が付かなそうな、時代遅れの印象派の絵ばかりが掛けられていた店内。訪れる客は滅多にいなくて、一日中ジュリアンと他愛ない話をして終わった日もあった。  その割に彼はいつもとても羽振りが良く、常にスマートな高級スーツを着ていたし、僕に高価な食事をご馳走してくれて、手に入れにくい珍しいワインやシャンパンを飲ませてくれたり、店の什器も高そうな物ばかり使っていた。  全然その時は疑問に思わなかったけれど、振り返って考えてみたら、あんなに売れていないギャラリーなのに、そのお金は一体どこから出ていたのか。  その答えがローリーが言う、ブラックマーケットの仕事だったんだろう。

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