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第39話

「まあ、いい。もう終わったことだから」 「……ギャラリー・パーマーも贋作だって知ってたの?」 「そうみたいだね」  ローリーは短くそう答えた。  僕はあの日会った、人の良さそうなギャラリーオーナーの顔を思い出していた。あんなに優しそうな人だったのに、ジュリアンとぐるになって僕を騙していたなんて。  その時、脳裏に彼が言った一言が蘇ってきた。 『レイモンドさん、あなたは良いディーラーになりますよ。僕が保証します』  ああ、と僕はその時、彼が言った意味がようやく理解出来た。  つまり、彼はジュリアンから卒業試験の内容をきちんと聞いて、どこら辺が落としどころかなのも全て理解した上で、僕のためにお芝居をしてくれていたのだ。  そしてジュリアンが書いたシナリオ通りに僕が動いてくれたから、ホッとしてついあの言葉が出てしまったのだろう。  だってあの日、ジュリアンは「僕の名代がビジネスに行く」とギャラリー・パーマーに伝えただけで、これからディーラーになる人間が試験のためにそちらへ行く、とは一言も言ってはいなかった。  それなのに、どうして僕が「良いディーラーになる」と未来形で語られたんだ?  それは筋書きを彼が全部知っていたからこそ、口に出来る言葉だったんだ。 「ローリー、ジュリアンはどうなるの?」 「……彼はもうロンドンにはいないよ」 「え?」 「ドイツに出国した。今頃ベルリンの街中じゃないかな」 「何で……?」 「警察が自分を嗅ぎ回ってる、って分かって尻尾巻いて逃げ出したのさ。こっちは別に彼を訴追するつもりはなかったんだけど、彼自身まずい仕事してるって自覚があったから、このままロンドンにはいられない、と思ったんじゃないのか」 「そう……なんだ」  ジュリアンはもうロンドンにはいないんだ、と思ったら、ホッとするのと同時に、どこか寂しさも覚えていた。  僕はあれだけ酷い目に遭ったのに、まだ心のどこかでジュリアンについて考えている自分がいてひどく狼狽えた。 「……レイ、もう彼のことは忘れろ」  ローリーはそう言って、僕の髪を手でくしゃくしゃにした。子供の頃から落ち込んでいると、そうやって慰めてくれたのをふいに思い出して、胸がいっぱいになってしまった。僕は自分でも気付かないうちに、ローリーの胸にしがみついて、まるで子供みたいに泣きじゃくりながら嗚咽していた。 「……こういう経験は、若いうちだけの特権だ。もう二度とするな」 「……ごめん、ありがとう」  ローリーは何も言わずに、僕をぎゅっと抱き締めてくれた。

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