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第43話

12.  レイはシャワーを浴び、いつものように白シャツとブラックジーンズを身に纏い、手早くキッチンでシリアルを掻き込んだ後「ギャラリー開けてくるから」と、先に下に降りて行った。  キッチンを出る前に、彼はリチャードの頬に軽くキスすると「リチャードはゆっくり朝食食べて。僕は、ギャラリーでメールの返信チェックしてるから。食べ終わったらコーヒー持ってきてくれると助かるんだけど」と付け加えるのを忘れない。レイの朝に、コーヒーは欠かせなかった。  リチャードはゆっくり支度すると、キッチンでシリアルを食べてから、レイのためにコーヒーを淹れる。  そしてマグを片手に階段を降り、ギャラリーに通じるドアを開けようとして、誰かがレイと大声で話しているのに気が付いた。その声は、会話していると言うよりも、言い争いに近い。  何やら様子がただ事ではないので、慌ててリチャードはドアを開け中に入る。  レイが座るデスクの前に、あの男がいた。 「……ジュリアン・テイラー」  リチャードは名前を口の中で小さく呟くと、大股でレイのデスクまで近づき「コーヒー淹れたよ」と彼の前にマグを置いた。そして、ゆっくりと振り返りジュリアンに向かって「何か、御用ですか?」と尋ねた。  ジュリアンは、リチャードを見て一瞬怯んだ様子を見せる。彼の目の前に、ネイビーカラーの三つ揃いのスーツを着た、すらりと背が高くスマートで、美しい豊かな金髪を綺麗に撫で付けた、ブルーアイズの美丈夫が立っていた。ジュリアンは一瞬呆気にとられた顔をしたが、すぐに強ばった笑みを浮かべると、レイの方を向いて口を開いた。 「モデルの用心棒でも雇ったのか? それともきみのペットかな?」 「What the fuck!(くそったれが)」  レイはそう言ったが、彼の言葉は、最後まで口から出ることはなかった。  リチャードがレイの口元を手で覆って、塞いでしまったからだ。 「レイ、そんな汚い言葉を使ったら、綺麗な顔が台無しだ」  リチャードの言葉に、レイは黙り込んで俯く。 「失礼ですが、何の用事でいらしたんでしょうか?」  リチャードは、ジュリアンの方を向き直ってそう尋ねる。 「僕はジュリアン・テイラー、アートディーラーだ。ストランドにあるギャラリー・テイラーのオーナーをしている」 「知っています」 「僕はちゃんと名乗ったんだぞ、きみも名乗るのが礼儀ってもんだろう?」  相手を挑発するような口のきき方だった。だが、リチャードは挑発には乗らずに、穏やかな笑みを浮かべて自己紹介する。 「これは失礼しました。私はリチャード・ジョーンズ、METの警部補です」  そう言って右手を差し出す。ジュリアンはリチャードの返答に、ぎょっとした表情を浮かべたが、すぐに愛想笑いを浮かべながら右手を握り返した。 「……警察の方でしたか。すみません、失礼を致しまして……」  今までのぞんざいな態度はどこへやら、ジュリアンはいきなり慇懃な口調になる。

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