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第48話

 レイはリチャードの顔をじっと見る。リチャードはにっこり笑って彼を見つめ返した。 「何かおかしなこと言ったかな、俺?」 「リチャードの口から、そんな言葉が出るなんて思わなかったから、驚いてる」 「驚かれるなんて心外だな。俺はいつもレイにはロマンティックな言葉、呟いてあげてると思ってたけど」  レイの頬が一瞬のうちに薄紅色に染まり、慌てて視線を落として俯いてしまう。 「な、なに急にそんなこと言ってるの?」 「レイこそ何で照れてるんだよ」 「……今日のリチャード、ちょっと変だよ?」 「……やっぱり俺、嫉妬してるのかも」 「なんで?! 僕、言ったよね、嫉妬なんてする必要ないよ、って」 「それでも、やっぱりミスター・テイラー本人を目の前に見たら、心穏やかではいられないよ」 「リチャード……」 「レイは彼に酷い目に遭わされたかもしれないけど、先生としてはきみに必要な知識を与えてくれた人物だ。少なくともレイは憎しみの気持ちだけで、彼を見ている訳じゃない。それは俺にもよく分かる。だから余計に複雑な気持ちになるんだ。彼とレイの間の件は全て終わってる。そう思って、自分を納得させようとしてるんだけどね……」  リチャードは、自嘲気味の笑顔を浮かべた。そして、一呼吸置いてから、クイズの種明かしをした。 「一番後ろの席がロマンティックだ、って言ったのは、俺の大学時代の同級生なんだ。俺が考案者じゃなくて、がっかりだろう?」 「……そうだと思った。リチャードがそんな気の利いたネタ考えつく訳ないもん」 「ひどい言い方だな」 「でもさ、それって古き良き時代の話だよね。今じゃ全部のバスにCCTV(監視カメラ)が搭載されてるから、乗客が見てなくても運転手にはばっちり見られた上に、しっかり録画までされてる」 「確かにね」 「……僕、キスしてるところ、見られてもいいよ」  レイは隣に座るリチャードの顔を見上げながら、キスをして欲しそうな表情をする。 「……駄目」 「どうして? 誰かに見られるとやっぱりまずいから?」 「違う。俺とキスしてる時のレイの表情は、俺以外の誰にも見せたくない」  レイはハッとした顔をして、恥ずかしそうにリチャードの肩に頭を載せる。 「やっぱり今日のリチャードおかしいよ! ……僕、どうしていいか分からないじゃないか」  いつもなら、レイに振り回されてばかりのリチャードなのに、この日ばかりはレイを翻弄しているという事実に、彼はどこか満足していた。初めてリチャードは、レイをこんなに戸惑わせたのではないだろうか。  リチャードは、レイの肩に手を回して抱き寄せる。 「……レイ、俺は嫉妬してるけど、同時に安堵もしてるんだ。きみは今は俺のものだから。もう二度とジュリアン・テイラーのところには行くな。何か用事があって、どうしても行かないといけない時は、俺も一緒だ。分かったな?」

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