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第49話

「……うん。分かった」  レイはリチャードの肩に頭を載せたまま、素直に答えた。  すでに過去の出来事とはいえ、余程ジュリアンとの件がレイには堪えているのだろう。こんなに素直なレイは、ベッドの中以外では初めてだった。  バスはロンドン中心部を順調に通り抜け、クラーケンウェルと呼ばれる地区に入る。この辺りはシティにも近く、古い時代の建物が特に多い。一本裏道に入ると、いまだにコブルストーンが敷き詰められた、まるで中世の時代のように古色蒼然とした石畳の道も残っている。  地下鉄と鉄道が併設するファリンドン駅の側のバスストップを通過すると、もう間もなく東ロンドンへ入る。  東ロンドンの辺りは再開発が進んでいて、古い街並みの中に、所々にょきにょきとガラス張りのモダンな超高層ビルが立っている。それだけでなく、現在も建築中のビルが多く、あと数年もすればこの辺りの景色は一変するに違いない。いつまでも変わらない古都のようなイメージがあるロンドンだが、実はその裏で急激な変化を遂げているのだ。 「もうすぐオールドストリートに着くよ」  レイがそう言うのとほぼ同時に、車窓の向こう側に、オールドストリート駅を示す地下鉄のシンボルマークの看板が見えた。二人は降車を知らせるボタンを押すと、階下に降りる。間もなくバスは道の片側に寄り、バスストップで停車した。二人はドアが開くのと同時に下車する。 「彼のギャラリー、確かチューブ(地下鉄)の駅の向こう側だって、メールに書いてあった」  二人は駅前を過ぎて、信号を渡る。通りには、歴史がありそうな古い店構えの個人商店や、オープンしたばかりらしいお洒落な雑貨店やカフェ、古着を扱う若者向けの店などが建ち並んでいた。  その中にグレーを基調としたモダンな建物をレイが見つけて、ホッとした顔をする。 「この店だよ」  書店兼ギャラリーなので、レイの店のようにドアベルを鳴らす必要はない。ドアを開けると手前が書店になっていて、奥の一部がギャラリーになっているようだった。書店では主にアート系のコーヒーテーブルブック、と呼ばれる大型の写真や絵がメインの書籍を扱っている。店内では若い男女の客が、どのファッション系の写真集を選ぶか、熱心に数冊の本を捲りながら話し合っていた。それを横目で見ながら通り過ぎ、レイはキャッシャーカウンターに立っていた男性に声をかけた。 「ハイ、ジェイムス」 「レイモンド、久しぶり」  カウンターに立っていた、三十代後半ぐらいのブルーのカジュアルシャツを着たブラウンの髪の男性が、柔和な笑みを浮かべてレイに挨拶をする。

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