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第50話
「メールありがとう。例のギャラリー・パーマーについて教えてくれる、って話の件で来たんだけど」
「ここじゃ何だから、奥のオフィスで。ちょっと待ってて、店番呼んでくるから」
彼は店内でしゃがみ込んで、本の整理をしていた若い女性に声をかける。
「悪いんだけど、大事なお客さんが来たんで、しばらくお店任せてもいいかな?」
「分かりました。いいですよ」
ブロンドヘアを三つ編みにした、まだ二十代前半ぐらいの可愛らしい雰囲気の女性は、立ち上がると、ジーンズの膝部分をぱたぱたと手で払って埃を落とす。そしてそこで初めてレイとリチャードの二人に気づき、ぽおっとして見とれたまま立ちすくんでしまう。
「ケイティ」
ジェイムスに声を掛けられて、ケイティはハッとなる。
「あ、す、すいません」
顔を赤くしたまま、俯き加減でジェイムスと入れ替わりにカウンターに入る。
「少しの間、頼むよ」
「……分かりました」
ケイティはいまだレイとリチャードに見とれたまま、上の空で返答する。
「……彼女、大丈夫かな?」
ジェイムスは心配そうに呟くと「レイモンド、お茶飲む?」と彼に向かって尋ねた後、おどけた調子でこう付け加えた。
「あ、それともシャンパンだったかな?」
「ジェイムス、止めてよ。こんな朝っぱらから、アルコールは飲まないよ」
「あはは、冗談だよ。だけどレイモンド、と言えばシャンパンだろう?」
「いつからそんな形容詞が僕につくようになった訳?」
「この業界で知らない人間はもぐりだよ。きみは有名人だからな」
ジェイムスは笑いながら、ギャラリーと隣接している部屋のドアを開けた。ビジネス用の小部屋だ。大抵のギャラリーは、顧客や他人に聞かれたくない大事な商談用に、部屋を特別に用意してある。こじんまりとしているが、薄いベージュのモダンなソファセットが置かれ、居心地の良さそうな雰囲気がある部屋だった。
「いいギャラリーだね。書店を併設してるのも、素敵なアイデアだと思う。……僕も真似させて貰おうかな」
「止めてくれよ、きみに真似されたら、うちよりもずっといい店を作り上げるに決まってる。僕の商売が上がったりだよ」
ジェイムスは露骨に嫌な顔をして言った。
「何言ってるの? 僕を買い被り過ぎじゃない?」
レイはそう答えて、遠慮無くソファに腰を下ろす。ジェイムスは、部屋の片隅に用意されている電気ケトルのスイッチを入れると、お茶を淹れる準備を始めた。
「リチャード」
レイはソファの自分が座った隣を、手でぽんぽん、と叩くとリチャードにそこへ座るよう促す。リチャードはそこへ腰を下ろすと、小声で「彼とは付き合い長いの?」と尋ねる。
「うーん、僕がこの仕事始めてからだから、五年くらいかな」
「……そうか」
リチャードは自分と出会う以前のレイが、一体どんな人たちと、どんな交流をしていたのかが、気になって仕方なかった。そんな過去の話、これまで一度だって気にも留めなかったのに……これもジュリアン・テイラーのせいなのだろうか?
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