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第51話

「それで、何? ギャラリー・パーマーのオーナーについて聞きたいの?」  ジェイムスは二人の前に紅茶が入ったマグを置くと、自分は対面に座った。 「あ、そうだ。ちゃんと挨拶してませんでした。僕はここのオーナーのジェイムス・ターナーです」  ジェイムスは軽く腰を浮かせると、テーブル越しにリチャードと握手を交わす。 「MET、AACU所属のリチャード・ジョーンズです。お時間を割いて頂いて恐縮です」 「いえいえ。レイが警察の手伝いをしてるってのは、風の噂で聞いてましたけど、まさか本当に刑事さんを連れて来るなんて驚きました。こんな経験もう二度とないだろうから、何でも訊いていって下さい」  ジェイムスは自分のマグを抱えると、紅茶を一口すすった。 「レイモンドのところみたいに、いい紅茶じゃないから、味は保証しないよ?」 「もう、僕を何だと思ってるの?」  レイは少しふくれ面をして、ジェイムスを睨み付ける。リチャードは、自分が知らない彼の一面を垣間見たような気がして、少し不安になる。考えてみたら、普段の仕事やプライベートの時間のレイを、リチャードは見ていないので知らないのだ。きっと、彼だけではなく、他の気が合う人間とも、こんな風なやり取りをしているのだろう。  正直焼きもちを焼かない、と言えば嘘になるな……と心の中で密かに思う。 「ジェイムスは、ギャラリー・パーマーの前のオーナーの頃に付き合いがあった、ってメールに書いてたけど」  レイの質問にジェイムスは頷いた。 「そうなんだ。以前はパーマーさんの近くの店舗で、僕もギャラリーをしてたから。あの辺、地価が高騰したお陰でレント代が毎年値上がりして、それで結局払い切れなくなって僕は店を閉めたんだけど、それまではご近所付き合いしてたんだ。先代のパーマーさんはやり手のディーラーで、良い顧客がたくさん付いててね。ほら、この間オークションやってたローゼンタール家もそうだったんだよ。随分買って貰ってたみたいだよね。でもローゼンタールも代替わりした途端に、アートコレクションに興味がなくなったみたいでさ。現当主は、アートよりも不動産にご執心らしいよ」  それを聞いてリチャードはどうして、ローゼンタール家が先祖から受け継いだアートコレクションを、オークションに出したのか理由の一端を見た気がした。 「先代のパーマーさんは5年くらい前に病気で亡くなって、それで確か息子さんが跡を継いだんだ。丁度同じくらいに僕は店を畳んで、しばらくパリのギャラリーに世話になってたんだよね。だから実は、息子さんが跡を継いでからの話は、あまりよく知らなくて。ただ、僕がパリに行く直前までの様子で良ければ話すけど、僕の印象では、パーマーさんの息子さんは、あんまりアートディーラーには向いてなさそうな人だったな」  レイは、自分が会った時の彼の様子を思い出していた。  アルフィー・パーマーと名乗った彼は、人が良く優しそうな人物だった。確かに押しの強い人間が多いこの業界では、苦労しそうな性格だ、とレイ自身、第一印象で思ったのだ。 「その頃、ローゼンタールも代替わりして、アート作品の購入をしなくなったから、パーマーさんもだいぶ苦しくなったみたいだったな。どんどんお父さんの代の顧客も離れていったようだったし、更に悪かったのは、息子さんが新規の顧客開拓に熱心じゃなかったことだ。彼は元々画家志望で、確かアート系の学校に行ってたって、先代から聞いたな。そんな感じだから、ディーラーとしての腕も今一つだし、アートを見極める能力も秀でてはいなかったみたいだ。先代は画家としてやっていけるのなら、ギャラリーは廃業してもいい、なんて言ってたけど、結局息子さんは父親の跡を継ぐのを選んだんだよね。今になってみると、その選択が彼の命を縮めたようにしか思えないんだけど」

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