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第53話
「……ジャパニーズ……日本人だよ」
レイは過去の記憶から忘れていた大切な何かを思い出したようで、小さな声で断言する。
リチャードは、ジェイムスに更に質問を続けた。
「何か特徴は覚えていませんか?」
「すいません、何も。東洋人って皆同じに見えませんか? 若い人だな、とは思いましたけど、確か東洋人って実年齢よりも若く見えるんですよね?」
ジェイムスは申し訳なさそうにそう言った。
「……そうそう、一度だけパーマーさんが、僕の前で彼の名前を呼んだんですよ……アリーとかアイクとか、なんだかそんな感じだったような……」
「……もしかして、アキじゃないの?」
じっとジェイムスの言葉を注意深く聞いていたレイが、重要な事実に気付いたように顔を上げてそう言った。
「そんな名前だったかも。もう五年近く前の話だから、あまりよく覚えてなくて悪いね」
リチャードはレイの言葉を聞いて、脳裏にちらついた光の正体が何なのかが、はっきりと見えた。
――そうか、そうだったのか。
クラレンス・オークションハウス、トリノの聖母子、ローゼンタール、ギャラリー・パーマー、ジュリアン・テイラー、デニス・モイヤー……そしてレイモンド・ハーグリーブス。これらを巡って、その輪の中心に常に居たのは彼、だったのだ。
「ジェイムスさん、どうもありがとうございました。大変助かりましたよ」
リチャードは立ち上がって、ジェイムスに礼を言う。
「僕のこんなあやふやな情報で、何かお役に立ちましたでしょうか?」
「ええ、もう十分過ぎる程です。ご協力感謝します」
リチャードはそう言って、ジェイムスと握手を交わす。それを横目に見ながら、レイもソファから立ち上がった。
「レイモンド、たまにはうちにも遊びに来てよ。今度新進フォトグラファーの写真展と写真集発売記念のパーティするんだけど、東ロンドンは遠い、とか言わずに足運んで」
「んー、考えとく。いいシャンパン出してくれるんだったら、来てもいいかな」
「きみが来てくれるなら、とっておきのを探し出すよ。レイモンドが来てくれる、って言ったら、パーティに来たがる客がたくさんいるからね。うちも助かるんだ」
リチャードはそれを聞いて、やはりそうなのだな、と改めてレイの人気ぶりを思い知らされた。
確かに、時々連れて行かれるギャラリーのパーティでの様子を思い出すと、彼はいつも人の輪の中心にいた。常に多くの人からひっきりなしに誘われて、自分とゆっくり話している暇なんてない。リチャードはそんな人気者のレイが自分の恋人なのだ、と自慢したい気持ちとは裏腹に、誰にもそれを言えずに、ただ自分は壁の花となって、彼を遠くから見つめるしか出来ない現実に、密かに苦しむのだった。
「その時は、リチャードも一緒に呼んでよ?」
レイがジェイムスに念押しする。
「勿論ですよ。お近づきの印にぜひ。今度お誘いしますから、うちのパーティにレイモンドと一緒に来て下さい」
ジェイムスはにっこりと営業用スマイルを、リチャードに向けた。
リチャードはどこまで彼が本気なのか見極めることもなく、ギャラリーを後にした。
――呼ばれれば行くまでさ。
彼は心の中でそう思った。
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