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第54話
14.
ジェイムスに挨拶を済ませて、二人は店の外へ出る。
レイは「……どうする? クラレンスに行く?」とリチャードの顔を見て尋ねた。
リチャードが、レイの問いに答えようとした瞬間、携帯電話が鳴る。着信記録を見ると、セーラからだった。リチャードはすぐに応答する。
「リチャード、デニス・モイヤーの件だけど」
「何か分かったのか?」
「イズリントン署に協力を依頼して、彼を署に連行して聴取して貰ったんだけど、彼がアートディーラーってのは真っ赤な嘘。ジャーナリストって言うのも、ただの自称でしかないわ。現在は失業保険で食いつないでる状態よ」
「……アキという日本人が、彼のバックにいるんじゃないか?」
「……あら、リチャードもう知ってたの?」
「今レイの知り合いのギャラリーオーナーから、ギャラリー・パーマーにかつてアキという名前の従業員がいたというのを聞いてきたんだ」
「連行された途端、怖じ気づいてすぐに吐いたらしいんだけど、オークションでトリノの聖母子を競り落とすよう依頼したのは、アキという日本人だったって。それとジュリアン・テイラーのパーティをめちゃくちゃにしろ、って指示も受けたらしいわね。かなり報酬が良かったから、何も考えずに協力した、って言ってるらしいわ」
「やはりそうか」
「デニス・モイヤーはこのまま24時間留置可能だから、イズリントン署に留め置いて貰うようにしてるけど、アキっていう日本人はどうするの?」
「俺とレイで、これからクラレンスに行ってくる」
「バックアップは必要? 私ならすぐ出られるから、現地で合流出来るけど」
「ああ、頼む」
「了解。スペンサー警部に伝えて、すぐ行くわ。じゃあクラレンスで」
そう言うと、彼女は通話を終了した。
「どうしたの?」
レイが心配そうに、リチャードを覗き込む。
「……デニス・モイヤーに、トリノの聖母子を落札するよう依頼をしたのは、アキだった。それとジュリアン・テイラーのパーティを、台無しにするように指示したのも彼だ」
「……どうしてなんだろう……」
「それは、これから本人に聞くさ」
リチャードはそう言って「タクシー!」と通りかかった、ブラックキャブを呼び止める。
「ボンドストリートのクラレンス・オークションハウスまで」
そう言ってから、リチャードはハッと気付いた。
リチャードがあの日、ギャラリー・パーマーについて聞き込みをした時、かつて店があった斜め前、車道を挟んで……クラレンス・オークションハウスがあった。
彼は……アキは、きっとクラレンスで働きながら、ずっとこの機会を待っていたのではないのか? 何が過去にあったのかは分からない。だが、きっとそうだ、とリチャードは確信していた。
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