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第55話

15.  ブラックキャブは順調にロンドン市内を通り過ぎ、30分程度でクラレンス・オークションハウスに到着する。車を降りると、少し離れた路上にセーラが車を停めて車内で待っているのが見えた。リチャードは手を振って合図すると、彼女が車を降りてこちらへ来るまで待つ。セーラは小走りに駆け寄ると「アキは今オークションハウスの事務所にいるわ。電話して、面会を取り付けてあるから」と言った。  三人はオークションハウスに入り、セーラがレセプションの女性に「こちらのスタッフのミスター・アキに面会予定があるのですが」と声をかける。女性スタッフはコンピューターの画面をチェックすると「そちらの入り口から入って下さい。奥のミーティングルームで待っています」と教えてくれた。  言われた通り、奥のミーティングルームへ行くと、アキがミーティングテーブルの向こう側で、三人が入ってくるのを立って待っていた。 「……お待ちしていました」  彼はどこか諦めの境地に至ったかのような、さっぱりとした顔をしていた。 「もう、ご存知なんですよね。僕が……したこと」 「アキ、どうしてこんなことをしたんですか?」  リチャードの頭の中で、たくさんの質問が渦巻いている。一体どの件から尋ねればいいのだろう? 「……全ては四年前の出来事なんです。そちらにいらっしゃるレイモンドさんは、よくご存知の話です」  アキはレイをじっと見て、そう言った。 「……僕が? 何を知ってるんですか?」 「ジュリアン・テイラーですよ」  やはりそうなのか、とリチャードは溜息をついた。  この事件はやはり、レイの古傷をえぐらずには終えられないのだ。出来ることならば、彼には知らないままでいて欲しかった。もう誰も彼を傷つけないように守ってやりたかった。だが、リチャードの願いも虚しく、過去は容赦なくレイを追いかけ、更に深い傷を負わせようとしていた。 「……ジュリアン? もしかして、あのトリノの聖母子?」 「そうですよ。あの絵のせいで、いいえ、そもそもジュリアン・テイラーのせいで、アルフィーは、命を捨てなければならなかったんです。……ギャラリーなんて、気にせずに閉めてしまえば良かったのに」  アキは悔しそうに唇を噛んだ。

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