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第57話
アキがいうあの男というのが、ジュリアン・テイラーなのは間違いなかった。
「あいつはアルフィーに先代のパーマーさんが、彼から絵を仕入れたものの、代金が未払いになっている、と言ってきました。先代のパーマーさんの時代の店の経理は、ジョンさんが一手に引き受けていて、アルフィーは何も知りませんでした。あいつが店に来た時、丁度ジョンさんは治療の為に入院中で、確認しようがなかったんです。アルフィーはあいつが言う話を全て頭から信用して、そして罠に掛かりました。あいつは絵の代金を早く支払うように、せっついて来ました。でも当時、ギャラリーの内情はすでに火の車で、とても請求されたようなお金は払えなかったんです。アルフィーはなんとしても代金は支払うので待って欲しい、と懇願しました。あの男はそんなアルフィーを鼻で笑って、業界でも有名なパーマーが、支払えないなんてある訳ないだろう? と言ったんです」
疲れたようにアキはがくり、と肩を落とす。そして椅子をひいて、どっしりと腰を下ろした。
「アルフィーは困り果てました。そうしたら、ある日、あの男がトリノの聖母子を持って店を訪れたんです。『うちの見習い店員の卒業試験に、ちょっと一役かって欲しいんだ。もしも協力してくれたら、絵の代金はご破算にしてあげていいよ。きみのお父さんには、僕も随分お世話になったからね。それくらいの恩返しは、当然するべきだと思うから』そう言って、あいつは悪魔の笑みを浮かべました。人のいいアルフィーは、あいつの甘言にすっかり騙されたんです。奴の言う卒業試験とやらは、簡単なものでした。あいつが持ってきたトリノの聖母子は贋作だったんですが、見習い店員も贋作だと承知の上で来るので、あえてそれは説明しなくていい、ただ商談のやり取りを実演させたいので、その部分を中心に上手く演技してやってくれ、という注文でした。アルフィーは商談が苦手でしたが、お芝居だと最初から分かっている分には何とかなるだろう、と僕に言いました。シナリオは、もうすでにあの男によって書かれていました。それに乗っていけばいいだけの話だったんです。そしてあの日、あなたは店に来ましたね。レイモンドさん」
レイは声を掛けられて、黙ったまま顔を上げ、アキをじっと見つめる。そして無言のまま、彼の言うことに肯定の表情で返した。
「僕はアルフィーが何か失敗するんじゃないかと心配で、ドアの陰からあなたたちのやり取りをずっと見ていました。あの時、トリノの聖母子を見た時、あなたはあの絵が贋作だと、本当は知らなかったんですよね?」
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