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第59話

「アルフィーは、奥の応接室に彼を通しました。僕は心配でドアの陰から、彼らの話を盗み聞きしました。刑事さんは『ジュリアン・テイラーという人物をご存知ですね?』とまず聞きました。アルフィーが肯定の返事をすると、彼は続けて『トリノの聖母子、と言う絵がこちらにあると思いますが、その絵は本当に贋作なのでしょうか?』と尋ねました。彼はあの絵が、贋作か真作なのかを知りたがっていたんです。アルフィーは素直に『あの絵は贋作です。ジュリアン・テイラーに依頼されて、お芝居に使うために手元に置いてあるんです』と答えました。刑事さんはそのお芝居の内容を詳しく教えて欲しい、と丁寧な口調でアルフィーに言いました。アルフィーは刑事さんに問われるがまま、全てを話しました。刑事さんはそれを聞くと、満足した様子で礼を述べ帰って行きました。僕はこれでもう何も心配することはない、刑事さんが調べに来たのは、ジュリアン・テイラーの悪行を暴露するためなんだ、と思ってました。あいつが何か後ろ暗い商売していることは、僕も薄々感じてたんです。  ところが、アルフィーは刑事さんが帰った途端、気が狂ったように、僕にどうしたらいいだろう? と泣きついてきたんです。僕には意味が分かりませんでした。本当の彼の苦悩なんて、その時の僕はこれっぽっちも分かってなかったんです」  アキの目元に涙が光ったような気がした。辛そうな様子だったが、彼は更に話を続ける。 「アルフィーは僕に泣きついて、そして言いました。『あのトリノの聖母子は、僕が描いた絵なんだ。学生時代につい魔が差して描いてしまったんだよ……あの絵はローゼンタールのコレクションの中の一枚で、子供の頃、父に連れられてあの家に出入りしていた時に見て以来、一番気に入っていた作品だったんだ……だから習作のつもりで描いた絵だった……いつの間に、手元からなくなっていたのか分からない。全然気付かなかった……まさか、あの男の手に渡ってたなんて』  あの男が、あの絵を手にギャラリーを訪れた日、アルフィーは自分の目を疑ったそうです。どこかにしまい込んでいた筈の自分が描いた絵が、目の前に突然現れたんですから。彼はパニックになって、どうしたらいいのか分からなくなりました。だからあの男が言うがままに、行動するしかなかったんです。それなのにあの男は、計画は失敗だったと彼を責めて、その上アルフィーの父親がジュリアンから購入した絵の代金を支払え、と言ってきました。そして今度は、警察が贋作の捜査にギャラリーを訪れて……アルフィーには、この現実が受け止めきれなかったんです。僕は警察が捜査しているのは、ジュリアン・テイラーについてだと、彼に何度も言い聞かせました。でも彼の頭の中には、もう自分が描いた偽のトリノの聖母子のことしかなかったんです。贋作に手を染めた画家、そしてアートディーラーはこの世界では生きていけません。一度ダーティーなイメージがついてしまったら、二度とビジネスは出来ないんです」  リチャードは、同じ話をレイからも聞いたな、と思い出していた。

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