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第60話
「ある日、僕が朝起きると、ベッドに彼の姿がないことに気付きました。僕は変だな、と思って彼の屋根裏のアトリエに探しに行きました。彼はギャラリーの仕事の息抜きに、時折絵を描いていたんです。そして夢中になってしまうと、アトリエで絵を描きながら寝てしまうこともありました。この日もきっとアトリエでそのまま寝てしまったんだろう、と思い屋根裏を覗きました。……彼は、天井の梁にバスローブの紐を掛けて、首を吊っていました。僕は彼の名前を叫びながら駆け寄りました……何とか早く降ろさなくちゃ、と急いで椅子を持って行って側にあったナイフで紐を切り、彼を自由にしてあげました。でも、もうすでに体は冷たくなってて……」
アキの黒い瞳から、ぼろぼろと涙が落ちる。
「側に遺書が置いてありました。彼の所持品も店も全ての財産と名の付く物はアキに残す、って書いてありました。……でもそんな物、何一つ僕はいらなかった。僕が唯一必要だったのは、アルフィーだけだったのに……」
流れ落ちる涙を拭こうともせず、アキは取り憑かれたように話を続ける。それを黙って、リチャードもレイもセーラも聞いていた。
「その後のことは、しばらくの間ぼんやりとしていて、あまりよく覚えていないんです。ショックがひどかったから……店の番頭格だったジョンさんがこの時期、少し体調が良くなっていて、お店に戻ってきてくれました。そして店にあった絵画や什器を、全て売却する手続きを取ってくれたんです。アルフィーのお父さんが作った借金を全て返済しても、それでも残るぐらいのお金が僕の手元に残りました。店の在庫の絵画を纏めて引き取ってくれた、気前の良い商売仲間がいたんです。ジョンさんには心ばかりのお礼をして、残りのお金の使い道を考えた時、僕はジュリアン・テイラーに復讐することにしたんです。
でも、気持ちが落ち着いた頃、あいつがとっくのとうに、ロンドンから大陸へ逃亡してしまったという噂を耳にしました。多分うちのギャラリーに来た刑事さんが、あいつのところへも行ったんだろうな、と直感的に思いました。悪いことをしてたから、尻尾を巻いて逃げ出したんだ、と。
僕はボンドストリート界隈にあるギャラリーを転々と渡り歩きながら、やっとクラレンスの仕事に就くことが出来ました。ここなら、かつて僕とアルフィーが一緒に過ごしたギャラリー・パーマーがあった場所がよく見えます。だから、どうしてもここで働きたかった。ここにいれば、いつもアルフィーを身近に感じられるような気がしたんです」
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