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第61話

「それなのに、クラレンスで忙しく仕事をするうちに、僕はいつしか、ジュリアンを忘れかけていました。あれだけ復讐について熱心に考えていた自分は、いつの間にかどこかへ行ってしまっていたんです。毎日美しい美術品に囲まれて、幸せな時間を過ごすようになり、いつしかアルフィーですら遠い過去の存在になっていました。  ……ところが、ある日、あいつがロンドンに戻ってきたという噂が僕の耳に届いたんです。あの頃の辛い思い出が、突然蘇ってきました。僕は毎日どうやってあいつに復讐してやろうか、と様々なプランを考え続けました。ところがそんなプランよりも、もっと良い機会が目の前に転がってきたんですよ。ローゼンタール家から、オークションにコレクションを出品したい、と言う話が持ち込まれたんです。これを利用しない手はありませんでした。あの後、アルフィーが描いたトリノの聖母子は、ずっと僕の手元にありました。この絵を使ってあいつにいつか復讐してやろう、と思い続けていたんです。神様が僕にチャンスを与えてくれたんだ、ってそう思いました。ローゼンタールの現当主はアートに全く興味がない人で、とにかく高い値で売れそうな商品があれば、適当に持って行ってくれ、と言いました。だから僕は迷わずに、トリノの聖母子を選んだんです。これを使ってあいつを陥れてやる、って思ったらゾクゾクしました。だって四年も待ったんですよ? やっとアルフィーの敵討ちが出来る、と思いました」 「……それで、オークションでデニス・モイヤーを使って、トリノの聖母子を落札させたんですか?」  リチャードの問いに、アキは頷く。 「そうです。トリノの聖母子の購入代金は、ギャラリー・パーマーの絵を処分して得た金です。アルフィーのお金で本物を買ったんですよ。彼が子供の頃に見てから、ずっと恋い焦がれていたあの絵を、彼の為に手に入れたんです。  彼が愛したトリノの聖母子の習作は、彼だけの為の絵でした。決して最初から贋作として、描いた訳じゃないんです。それなのに、どうやって手に入れたのか知りませんが、あの男は自分の欲望の為に、アルフィーの大事な絵を穢したんですよ。オークションで本物を競り落とした後、デニスにはアルフィーが描いた方のトリノの聖母子を渡して、クラレンスに偽物だったといちゃもんをつけろ、と言いました。そうすることで話題になり、あの男の耳にも入って、元の持ち主である自分に火の粉がかかると焦るだろう、と思いました」 「……ところが、あなたの意図に反して、クラレンス側は穏便に話を済ませようとした」

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