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第62話
リチャードがそう言うと、アキは視線を上げて苦笑した。
「そうなんです。僕の計画では、ここで警察が介入して、元の持ち主がジュリアン・テイラーであり、奴はブラックマーケットに手を染めるような汚い人間なのだと、彼の本当の姿が世間に暴露されることでした。そうすれば、奴が二度とアート業界でビジネスが出来なくなるだろう、と思っていました。それが僕の狙いだったんです。僕はレイモンドさんが、METのAACUのコンサルタントをしているのを知っていました。だから、クラレンスほどの有名なオークションハウスが関わる事件であれば、必ず彼が捜査に協力するだろう、と読んでいたんです。そして、絶対にレイモンドさんがあの絵を見れば、四年前の出来事をすぐに思い出して、ジュリアン・テイラーが関わっている、と指摘してくれるだろうと僕は考えていました。ところが、事が公になるどころか、クラレンスはデニスと示談で済ませようとして……それじゃ駄目だったんですよ」
「だから、ジュリアン・テイラーのオープニングパーティに、デニスを送り込んだんですね?」
「その通りです。警察はあてに出来ないと分かったので、もう自分の手で何とかするしかありませんでした。デニスにジュリアンのパーティに行って、奴はブラックマーケットに関わっていると、客達に言って回れ、と指示しました。彼は上手くやりましたよ。お陰であの男のパーティは台無しだったみたいですね」
アキはふっと、笑みを口の端に浮かべた。おかしくて笑っている、と言うよりも彼自身を憐れむような、どこか寂しげな笑顔だった。
「……こんなことして何になるんだって、思われてますよね、きっと。僕はあいつが……ジュリアン・テイラーがアート業界から追放されれば、それで満足だったんです。絵が心底好きだったアルフィーへのせめてもの手向けだと思って、それでこんな馬鹿らしい真似をしたんですよ」
「……本物のトリノの聖母子は、今どこに?」
「クラレンスの倉庫にあります。あれ以上ぴったりの絵の保管場所は、他にありませんからね」
「本物はずっとクラレンスにあって、俺たちは偽物に振り回されてたって訳ですか」
「……すみません。謝ってすむ事ではありませんね。僕は逮捕されるんでしょうか」
「とりあえず、お話頂いた事情を元に調書を取らなくてはなりませんから、署までご同行願います。後はクラレンス・オークションハウスが事件として立件したいかどうか、それによります」
リチャードは、これまでの経緯を鑑みるに、クラレンス側としては公にしたくないだろうから、アキを訴えないであろうという確信があった。
そもそも、贋作だといちゃもんをつけてきた男とも、最初から示談で済ませたがっていたぐらいだ。改めて事件として表沙汰にするのは、避けるに違いない。
それに本物のトリノの聖母子は、自社倉庫に最初から眠っていたのだ。何も盗まれた訳でも被害を被った訳でもない。間違いなく、クラレンスは一番穏便な方法を取るだろう。
アキの話を聞いてみれば、彼の行動にも弁解の余地がある。例えそれが極端な手段だったとしても。
「セーラ、悪いけど署までアキと同行して、調書を取って貰えないかな? 俺は、レイとジュリアン・テイラーのところへ行く」
「分かったわ。……でもテイラーのところへ行ってどうするつもり? 彼は直接事件に関係していた訳ではないのよ?」
「……少し話をしてくるだけだよ」
リチャードは、セーラの問いに意味深な笑顔で答えを返す。セーラは「あんまり無茶しないでよ」と釘を刺した。
「分かってるよ」
リチャードはレイを促すと、セーラよりも先にクラレンス・オークションハウスを後にした。
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