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第66話
リチャードの言葉に、引っ掛かるものを覚えたらしく、ジュリアンの表情が曇る。
「ええ。彼に仕事を頼んだのはアキ、という日本人です」
「日本人? 僕には日本人の知り合いなんていませんよ。一体何故、その日本人が僕にそんな嫌がらせをしたんですか?」
「彼はかつて、アルフィーさんのギャラリーで働いていたんです」
「働いていた? あのギャラリーで? ……そんな人物がいたなんて、全然知らない」
ジュリアンは驚いたようだった。今まで平静を装っていた仮面が外れ、一気に彼の中から感情の波が溢れ出てきたように見えた。
「いたんですよ。彼は常にギャラリーの裏方の仕事をしていたので、ほとんど店には出ていませんでした。だからあなたも知らなかったんでしょう」
「……そう、だったのか」
「彼から全ての証言を得ています。あなたが四年前何をしたのか、どうやってアルフィーさんを追い詰めたのか。……そしてレイに何をしたのか」
リチャードの最後の一言が、とどめとなったようだった。ジュリアンは窓際から離れ、ゆっくりとリチャードに近づくと、ふっと溜息をつく。
「……あの子は、綺麗になりましたね。僕が出会った頃は、まだ子供だったのに。……あなたなんでしょう? 彼をあんな風に変えたのは」
「どういう意味でしょうか?」
「僕が言ってる意味は、それしかないと思いますけど? ……あなたは、あの子の恋人なんじゃないんですか?」
「……」
リチャードは、ジュリアンの問いには答えない。
「ジョーンズ警部補、少し調べさせて貰いましたよ。あなた、警視総監候補生だそうじゃないですか。その年齢ですでにそう呼ばれるなんて、随分と優秀なんですね。そんな人が、警視総監の甥とそういう仲だなんて、世間に知られるとまずいんじゃないんですか?」
「……」
「黙っているところを見ると、僕の言ってることは図星のようですね」
ジュリアンは勝ち誇ったような表情で、リチャードを見つめる。
リチャードは一呼吸置くと、きつくジュリアンを見据えて口を開いた。
「俺にとっては警視総監よりも、レイの方がずっと大切です。もしもレイとの関係が問題で警視総監になれないのなら、なれなくて全然構いません。むしろその方が本望ですよ」
「……レイモンドは、それでいいと思ってるんですか?」
「さあ。こんな話、彼の前ではしませんから」
「レイモンドをこれだけ夢中にさせるなんて、あなたは大した人だ。いつから付き合ってるんですか?」
「あなたの質問に答える義理はありませんよ」
「……それもそうですね」
「……一つだけ、お教えしておきます。レイが俺を好きになったのは五年前、あなたと出会う以前のことです」
リチャードの言葉は、ジュリアンにとっては晴天の霹靂のようだった。驚いた様子で目を見開き、リチャードをしばらく見つめた後、悔しそうな表情で自嘲の笑みを浮かべる。
「そうだったのか。……僕が出会った時の彼は、すでにあなたのことを……? なんてことだ、ずっと一人で道化芝居をしてたって訳か」
ははは、と彼は虚しい笑いをギャラリーの中に響き渡らせる。
「……何が四年前にあったのか、そして今回の件についての話を、現在署で担当官がアキから聴取中です。それがあなたにとって、どんな意味があるのか、よくお分かりですよね?」
リチャードはジュリアンをきつく見据えると、落ち着いた声でそう言った。
「……ジョーンズ警部補、それは脅迫ですか?」
「忠告です」
ジュリアンは黙ったまま、身動きもせずにその場に立ちすくんでいた。リチャードはそんな彼に一瞥をくれることもなく、ギャラリーを後にした。
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