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第67話
17.
ジュリアンのギャラリーを飛び出したレイは、一体どこへ行ったのか? リチャードは携帯電話のレイの登録番号を押す。だが、応答はない。ホワイトキャッスル・ギャラリーへ戻ったのならいいのだが、もしもどこかで落ち込んでいたら、自分の助けが必要なのではないか、とリチャードは思っていた。
彼が一人で行きそうなところ……と考えた時に、真っ先に思い浮かんだのはサマセットハウスだった。今いるストランド地区にある18世紀に建てられた美しい建物で、現在では文化複合施設になっており、中にはレイのお気に入りのコートールド・ギャラリーがあった。
先日リチャードがトリノの聖母子の真贋を確認して貰うために、絵を持ち込んだコートールド・インスティテュートのラボもここにある。
きっとサマセットハウスに違いない、とリチャードは急く心を抑えつつ、足早に目的地へ向かう。
石造りの重厚なゲートを潜り、広いコートヤードに目をやる。
夏の間、コートヤードの中心部には噴水が作られていて、子供達が歓声を上げながら水と戯れている。その周囲には子供を見守る親や、観光客、散歩に来ている人などが大勢いた。
きらきらと太陽の光を水のしぶきが反射して眩しい。
一瞬目が眩んだリチャードは、手で太陽の光を遮りながら、ぐるりと見渡してレイの姿を探す。
――いた。
コートヤードの左端、コーヒーが美味しいというレイのお気に入りのカフェの前にあるベンチに、テイクアウェイのカップを抱えて、一人でぽつんと座っている。
栗色の緩くカールした美しい髪が、風にふんわりと靡いていた。
リチャードは彼の元へ足を進める。十メートルほどの距離まで近づいた時、ぼんやりと正面を見つめていたレイが、リチャードの存在に気付いたかのように、ふと顔を彼の方へ向ける。そしてただ黙ったまま、近づいてくる恋人の姿を、大きな榛色の瞳で見つめていた。
「……レイ、探したよ」
「……ごめん、急に飛び出したりして」
レイはその言葉の続きを飲み込んだ。
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