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第68話
話したいけれど、話せない……そんな葛藤が彼の中にあるのが、ありありと分かる。リチャードはそんなレイを見ていられず、彼の心を慰めるような言葉を言おうとした瞬間、レイが苦しそうな表情で先に言葉を発した。
「リチャード……ごめん、僕……」
そして彼の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
リチャードはレイの隣に腰を下ろすと、彼の肩を抱き締める。
「レイ、泣かなくてもいいんだよ?」
「……あいつ、僕のこと天使だって……言ったんだ……」
「聞いてた。フランス語で言うなんて、気障な男だなと思ってたよ」
「違うんだ……僕を天使だって言ってくれたの、リチャードだったんだよ? 天使が目の前にいると思ったって。だから僕を好きになってくれたんだって、そう言ってくれたの覚えてる?」
「忘れるわけないだろう? 最初に会った時に、そう思ったんだから」
「天使だって、僕に言ってもいいのは、リチャードだけなんだ。あの男じゃ駄目なんだ……それなのに、僕、四年前を思い出して……裏切られて傷つけられて、あんなに酷いことをされたのに。……ごめん、リチャード。忘れなくちゃって思うのに、駄目なんだ……あいつを忘れられないんだよ」
レイはリチャードの胸に身を預けて泣きじゃくる。
「……レイ、いいんだ。忘れる必要なんかない。無理して忘れる必要なんて、全然ないんだ」
リチャードは優しくレイに語りかけた。
「忘れなくてもいい……でも、一つだけ約束してくれ。レイ、もうあの男には二度と会わないで欲しい」
レイはゆるりと顔を上げて、リチャードを涙で濡れた瞳で見つめる。そして震える声で微かに「うん」と答えた。
「もう終わったから……今は何も考えるな」
リチャードの言葉に安心したように、レイは手の平で涙を拭い、彼の肩に頭を載せて空を仰いだ。彼らの上空に広がる青い空はどこまでも澄み切っていて、その色はまるでリチャードの瞳みたいだ、とレイは心の中で思っていた。
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