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第70話
彼はあれほどレイが自分を見失い、動揺する様子を今までに見たことがなかった。いつもの自信が溢れ、きらきらと輝くような彼はなりを潜め、どこか自分を恐れるような、過去を思いだしては悲しそうな顔をする彼を、リチャードは二度と見たくなかった。
「……ねえ、リチャード」
「何?」
「私、思ったんだけどさ……」
「何を?」
勿体つけずに話せよ、とリチャードはセーラに目で訴える。
「……レイくんって、結構天然の魔性だよね? ジュリアンの他にも、人生狂わされちゃった人がどこかに存在してるんじゃないかな、って」
「……」
「考えてみたらさ、リチャードだってその一人だよね」
「……セーラ、それを言わないでくれよ。俺、充分過ぎる程自覚してるから」
「あ、一応自覚あったんだ」
「ない訳ないだろ?」
「でも、またジュリアンみたいな人が現れたら、リチャードどうするの?」
セーラの言葉に、リチャードの動きが止まる。
「……止めてくれよ、そんな縁起でもないこと言うの」
「だって、絶対ありそうだもん。毎回私に愚痴言うのやめてよ?」
「嘘つけ。その顔は『何かあったら、すぐに私に言ってよね』だろ」
「バレた?」
「何年付き合ってると思ってるんだよ。それくらいお見通しだよ。昔から俺の不幸はセーラの好物だろ?」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。人助けしてあげてるんでしょ?」
そこまでセーラが言った時に、デスクの上に載せられていたリチャードの携帯が振動する。勤務中なのでサイレントモードにしてあったのだ。
「レイくんから?」
受信記録をチェックするリチャードの表情を読み取って、セーラが言う。
「……当たり」
「今日はデート?」
「あの事件が終わってから、丸々1週間会ってないんだ。忙しすぎて、ギャラリーの定期連絡も今週は行ってないし」
「じゃあ、今日は楽しんでこないとね」
セーラはそう言うと自席に戻る。
リチャードは携帯電話に送られてきたメッセージを読んで、ふっと自分の顔が自然にほころぶのを感じていた。
『夏のホリディ先だけど、ブルージュにしたから。ユーロスターとホテルは予約済み。今日勤務終わったら、いつものパブに来て。ホリディの予定の詳細話し合いたいから』
今まで、レイからこんな内容のメッセージが送られてきたことは、一度もなかった。いつも場所と時間だけの素っ気ない文面。もしも誰かに見られたとしても、何も他意を感じさせないよう、考えられ配慮されたメッセージだった。
それはお互いの立場を考慮すれば、正しい判断だったのだろう。けれども、リチャードにとっては、どこか他人行儀で距離を感じる言葉の羅列でしかなかった。
それなのに……
――こんなプライベートに関してのメッセージ、気にせずに送れるようになったんだな。
リチャードは、レイとの距離がずっと近くなったような気がした。
彼の目の前のコンピューター画面には『夏期休暇願いメール』に対する、スペンサー警部からの許可の返信が届いていた。
リチャードはレイとのサマーホリディの様子を思い浮かべて、胸を踊らせた。そしてレイが同じような気持ちでいてくれたら、と願っていた。
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