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第78話
ようやく振り返ったレイは、まるで珍獣を見るかのような目でリチャードを見ていた。
「あー、それ……俺じゃないんだ買ったの」
「え? どういうこと?」
「そのDVDは全部ハワードが持って来たんだ」
「……ハワードって、リチャードの特捜時代の同僚の?」
レイの表情が途端に険しくなる。
「そう、そのハワードだよ。レイは一度最初の事件の時に会ってるよな?」
「……うん。彼、ここに泊まったの?」
「ああ、特捜時代はよく二人でつるんでて、勤務シフトも同じことが多かったし、よく仕事終わりにパブに飲みに行ってたんだ。だから、ここにはしょっちゅう来てたな。……あいつのフラット、チューブのZone5で、ちょっと遠いんだよ。それで終電がなくなると泊まってたんだ」
リチャードは当時のことを思い出して、懐かしそうに笑みを浮かべてそう言う。そんな彼の様子をレイはじっと険悪な目で見つめていたが、リチャードはまったく気付いていなかった。
「ここに来ても、まだ飲み足りなくて二人で飲み続けて……あいつ007に子供の頃から憧れてたんだ、なんて言っていつの頃からか、俺の部屋にDVD持ち込んで見るようになったんだよな。朝まで見続けて、そのまま出勤した事もあったよ。馬鹿だよな、はは……レイ?」
ようやくリチャードはレイの異変に気付いた。
レイは据わった目をしてリチャードを見つめながら、ふるふると震えていた。
「……嘘」
「え? 嘘って何が?」
「ハワード、ここに入り浸ってたの?」
「入り浸るって言うか……まあ、よく来てたかな? おい、レイ何か変な勘違いしてるみたいだけど、あいつとはタダの友達だぞ? ハワードとそういう仲には間違ってもならないし、想像しただけで気持ち悪いから止めてくれ」
リチャードは露骨に嫌な顔をする。
「分かってるよ。分かってるけど、僕じゃない人間がリチャードと夜を共にしたって事実が嫌なんだってば」
「ちょ、ちょっと待てよ、その『夜を共にした』って表現は違うだろう? 何か変な誤解を招くじゃないか……」
「本当の事じゃないか」
「いや……でも違うような……合ってるような……?」
リチャードは自分でも何を言ってるのか、段々分からなくなってきて、口ごもってしまった。
「それに、あの人僕のことからかったし」
レイは初めてハワードに会った時のことを思いだして、そう言う。
レイとリチャードが初めて手がけた『薔薇の宴』事件の際に、特捜の担当官だったハワードはレイに出会うなり「可愛い子ちゃん」と言って彼の不興を買ったのだった。今だにレイは何かある度にこの話を蒸し返して気を悪くしている。
「いや、それはレイが本当に可愛いからだろう?」
「……リチャード、何言ってんの? 真面目な顔して、そういう事言わないで」
レイは顰め面でびしりと言い放つ。
「……」
「今思えばさ、あの人僕にリチャードのこと取られたくなくて、あんな風に僕のことからかったんじゃないの?」
リチャードは唖然としてレイを見つめる。だが、彼は全くもって真剣な表情だ。
「そうだよ、きっとそうに違いないよ。僕に対抗意識燃やして、あんなこと言ったんだよ」
「いや……違うと思うけど」
「じゃあどうして? リチャードには明確な答えがあるの?」
「……ない」
「だろう? 絶対にそうだって。そう言えば、あの人最近どうしてるの?」
「昨日久しぶりに携帯にテキストメールが入って来て『今度飲みに行こう』って書いてたなあ……」
「それだけ?」
「……あと『あの可愛い子ちゃんはどうしてる?』って書いてあった……」
「ほら! やっぱりそうじゃないか! 僕の動向を伺うなんて、間違いないよ。僕の勘は絶対当たってるね」
レイは偉そうに腕を組んで、側に立っているリチャードを見上げる。
「いや、それはあれじゃないか? ……えーと、ほら、レイは警視総監の甥だから、単純に気になっただけだとか……」
「違うね。それは僕に対する牽制だよ」
「……」
言うべき言葉が見つからず、リチャードは黙り込む。
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