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【ネクタイで絞めて ① 明日はこない】
◆ファンアート嬉しかった記念
【キャラ紹介】
*真駒 摘紀
社会人の青年。根暗でいつも表情とオーラが暗い。重度の首フェチ。それ故に犯罪者予備軍になっている自分が嫌い。好みの首を傷付けたい欲求を抑える為に自分の首を掻きむしる。
彼はシャワーを浴びる度、涙を流した。痛烈に走る痛みが、彼をそうさせているのだ。
(首が、痛い……っ)
浴室にある鏡で、彼は自身の首を眺める。
痛々しい引っ掻き傷と、生々しい血の色。それは彼を苦しめるのに十分すぎる程、鮮烈なものだ。
誰かに傷付けられたわけじゃない。彼の首に刻まれた無数の生傷や傷痕は、彼自身の手によって生まれたものだ。
(痛い、汚い……醜い)
どれだけ自身の首を傷付けようと、彼は決して満たされない。その行為は、一瞬だけ理性を取り戻す為の儀式だ。
「椎葉 、課長……っ」
浴室に反響した自身の声が聞こえ、無意識のうちに愛しい人を呼んでいたのだと気付く。
――いや、違う。
――愛しい【人】ではなく、愛しい【首】の持ち主だ。
(気持ち悪い……っ)
好みの首を自らの手で絞め、爪で何度も引っ掻き、舌で舐めた後、味わうように噛み付き、果てには切り刻みたい。こんなにも悪趣味な性癖を持つ自分が、渇望するように上司の名を呼ぶだなんて。彼は痛々しく傷付いた首を、力無く横に振る。
(駄目だ……考えるな……っ)
彼は、真っ当な人間になりたかった。
人に危害を加えたいだなんて、そんな猟奇的な考えを抱いているわけじゃない。ただ純粋に、好みの首を痛めつけたいだけ。そこには悪意も殺意も無い。
――けれど、そう言ったところで誰が理解する?
(明日は……明日、こそは……っ)
バスタオルで体を拭き、中でも首は丁寧に拭く。それでも、バスタオルが首に触れるだけで、ピリピリとした痛みが走った。
明日に思いを馳せていると不意に、彼は終礼の際、投げかけられた言葉を思い出す。
(明日、って……もしかして……?)
思い出すと同時に、膝から崩れ落ちそうになった。
「……クールビズの、始まり……っ?」
バスタオルを握る手が、小刻みに震え始める。呟いたリアルに、喉笛が焼き切れてしまいそうだった。
首に対する執着は日に日に増し、自傷による抑圧で耐え忍んでいる状態。彼は自身の現状を、痛感していた。
――だからこそ、震える。
「あ……ぁ、か……課、長……っ」
明日から始まる、クールビズ期間。ネクタイの装着を禁止され、ワイシャツのボタンが外される時期。
――首筋が、普段よりよく見える期間。
真駒は蹲り、その場で首を掻きむしり始める。爪が滑るのは、自身の首から溢れる血による潤滑からだ。
「は、ぁ……ッ! う、くぅ……ッ!」
痛みに、呻く。瞳からは涙が溢れ、視界が滲んだ。
「あ、した……明日、明日は……っ」
明日こそは、こんな性癖を忘れて真っ当な人間になっている筈。自身をそう慰めたのは、いったい何回目だったか……彼は憶えていない。
痛みに呼吸を乱し、その場に尻餅をつく。立ち上がる気力は湧いてこない。
まるで……ジワジワと足元から、何かに蝕まれているようだ。
きっとそれを文字にするのならば、たった一つ。
――首。
それでも彼は、立たなくてはいけなかった。座り込んでいたって、意味が無いと分かっているから。
目元を拭い、立ち上がる。浴室から出ようと歩き出す、ほんの一瞬。彼は立ち止まって、自らを鏡で見つめた。
「明日、なんて……」
自身の背中からうなじの曲線を眺めたって、何も興奮しない。汚れた首はなんて醜くて、なんてつまらないのか。
――それも一つの、リアルだった。
「きっと、こない……」
自傷することでしか欲望を抑えつけられなくても、立ち上がるのがやっとでも……彼は明日を向かえる。
――けれどそれは、望んだ【明日】じゃない。
【首】という欲望が背を這い、理性を司る神経全てを埋め尽くされないよう……孤独に、惨めに。下を向いて、彼は歩き続ける。
――愛しい【首】が、愛しい【人】に変わる……その時まで。
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