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【何れ菖蒲か杜若 ③ ノンストップ咀嚼タイム(後編)】
◆十一月十一日、あのお菓子の日にちなんで書いたお話です。
我妻が目を逸らすのは、大体が照れている時だ。耳まで赤くなっていたことを考慮すると……我妻は今、何かに照れているのだろう。
――そこでようやく、一つの仮説を立てた。
「別に、食い意地を張っているだなんて思っていないが」
「そうじゃないです! 湊さんの……ど、鈍感!」
――『鈍感』?
――俺が?
我妻に関することで『鈍感』と言われる筋合いはない。それなのに、何故『鈍感』だと言われたのか……それ程重要な意味が籠められた行為だったらしい。
――なら、汚名返上するしかないだろう。
「我妻、口を開けろ」
「……あー、んっ」
ひとまずもう一度、同じ状況を作ってみた。
我妻は菓子を咥えたまま、やはり俺を見て、止まっている。顔は赤いままだ。
……最後の一本だから、食べるのが惜しいのか? 若しくは、二箱目の催促――いや、我妻はそんなことしない。
そもそも、それなら先端を俺に向けるだなんて芸当、しない筈だ。我妻は世間知らずだが、馬鹿じゃない。こんな回りくどい真似はしないだろう。
となると……菓子の先端を俺に向けていることがヒントであり、答えということだ。最後の一本……菓子の、先端……?
――そこでようやく、俺は我妻が伝えたいことを理解した。
――気付くと同時に……愛おしさが込み上げてくる。
「巡」
巡の肩が、小さく跳ねた。更に顔を赤くした巡が、俺を見つめる。
俺は巡の顎を指で掬い、笑みを向けた。
「その菓子はお前に買ってきた。だから、俺に分け与えようとしなくていい」
「ッ!」
「お前は優しいな」
おそらく巡は、一人で菓子を食べきってしまうことに罪悪感を抱いたのだろう。だから俺に分けようと、反対側の先端を向けた。なるほど、実に巡らしい。
俺の回答に、巡は喜ぶ――かと思ったら、何かが違った。
『ポキポキポキッ!』
巡は一気に菓子を頬張り、あろうことか俺から視線を外したのだ。
「もういいです!」
どうやらかなり怒っているらしい。
――そんなに食べてもらいたかったのか……?
別に俺は、巡ほど甘党というわけではないが……このままだと巡は機嫌を損ねたままだろう。
――だから、仕方ない。
「巡」
後ろから顎を掴み、無理矢理上を向かせる。拗ねた表情を浮かべた巡は、俺に促されるまま上を向いた。
「湊さ――んぁっ!」
――開きかけた巡の唇を、舐める。
――厳密に言うと……巡の唇に付いたチョコを、だ。
「な、なん、な……っ」
巡は顔を真っ赤にして、小刻みに震えている。何かを言いたそうにしているが、言葉にはなっていなかった。
俺は真っ赤な顔をした巡を見つめて、口角を上げる。
「俺にはこれで十分だ」
「~ッ!」
「どうした、耳まで赤く――巡? 何故俺の膝を叩いている」
「湊さんの、バカ!」
どうやら、何か間違えたらしい。……が、巡はどこが嬉しそうだった。
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