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第2話
ドアが開くと同時に男性の手を引き、電車を降りた。あまり名前も聞いたこともないし、小さな駅なのだろう。ホームには誰も人がいなかった。
「歩けますか?」
「すみません……」
ホームに三つ並んでいるベンチに座らせ、少し先にあった自販機で水を買い、それを渡した。何から何まで申し訳ないと謝るその男性に、気にしなくていいと声をかけ、俺も隣に座った。
重い荷物を持っているお婆さんの手伝いをするとか、そういった人助けはこれまでに何度かしてきたけれど、痴漢されている男性を助けるのは初めてで、どうすべきなのか、どんな言葉をかけるべきなのか、さっぱり分からない。
「あの、スーツを脱いだらどうです? 汗がすごいから、とりあえず上着だけ脱いで、その……、額とか首とか、その他で拭けるところは拭いた方がいい気がするんですけど」
「……っ、」
そう言って、鞄を預かりますと手を伸ばせばその男性は一気に青ざめた。震えが大きくなり、ぎゅうっと体を丸めている。
何も鞄を奪って持ち去ろうとしているわけじゃあないのだから、そんなに怯えなくてもいいのに。
「あの、別に俺、怪しい者じゃあないですよ?」
「……そうでなくて、その、……大丈夫なので、もう、帰っていただいて結構です、」
「この状況であんたを置いていけと? それにここ、多分そんなに電車来ないんで帰るに帰れないですよ」
「う……」
そんなやり取りをしている間にさらに男性の顔は青白くなり、冷や汗が額に浮かんでいる。俺は男性のことなんかお構いなしに無理矢理その鞄を奪った。それから、慌てる男性をよそに今朝詰めてきたハンドタオルを取り出すと、そのまま額へと押し当てた。
「んぁっ、」
「は?」
この状況に似合わない声が男性から漏れ、汗を拭くために見ていた額から体へと視線を落とせば、あぁ……と納得した。痴漢にあって気持ち悪い、怖いと感じていても、体は別の反応を見せていたようだ。
電車から降りてすぐはまだ恐怖心が勝っていて、俺に触れることも俺が触れることもためらっていなかったのに、少しの落ち着きを取り戻して来た今、意識の対象が自分の体に移ってしまったのだろう。羞恥心に支配され、体が敏感になっている。
「勃ってるの、隠したって解決しないんで」
「……っ、」
「トイレで抜いてきたらどうですか? どうせこの駅、俺ら以外いないし」
「いい……、少ししたら落ち着く、と、思うから、」
「そんなにガチガチなのに? 手で押さえてるけれど隠せてないよそれ」
はっきりそう放った言葉を後悔することはなく俺は、その男性の腕を引っ張った。俺が気を遣えばそれはそれでこの男性に恥ずかしい思いをさせるだけだし、どうせ恥ずかしくなるのなら先の見える気遣いの方がいい。
抵抗を見せるけれど、俺のためにも彼のためにも早く処理するのが最善だと思う。この後、学校と会社に行かなければならないのだから。次の電車を逃してしまえば、またしばらく電車は来ないだろう。どうしても次の電車には乗りたい。俺はこのままこの人を置いて行くことは心配でできないし、この後どこまで同じ時間電車に乗っているかは分からないけれど、乗っている間は不安にならないように見ておきたいし。
「立てますか?」
「……も、恥ずかし、」
「でも処理しなきゃダメじゃあないですか。次の電車が来るまでにちゃんと落ち着くかも分からないのに俺の隣で勃たせたままにしておくわけ? それの方があんたにとって嫌なことだと思うけど」
「……っ、」
「生理現象ですよ。俺も触られたらきっと勃つと思うし、気にする必要ないです」
もう一度強く手を引っ張ると、諦めたのか立ち上がった。俺の身長が高いっていうのもあるけれど、肩を抱き寄せるように支えるとすっぽり腕の中に収まってしまう。乱れた襟元を整えるために伸ばした手が首筋に当たると、汗で湿っているそこはぴたりと俺の手に吸い付いた。男なのに白くて綺麗な肌だと、一瞬でも魅入ってしまった自分に、おかしくなってバレないように笑った。
「トイレ連れて行った後、俺だけ先にベンチに戻るんで、本当に何も気にせず処理してください」
「……はい、」
あまり清掃が行き届いていないような臭いのするトイレにその男性を連れ、鞄と一緒にトイレへと押し込んだ。スッキリしてから出てきてくださいと釘をさせば返事の代わりにため息を返される。
カチャリとベルトが外される音を聞いて、俺はトイレを後にした。
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