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第2話

「……」 チラッと佐賀島を見上げる大和を余所に、佐賀島がそのまま黙って湯船に浸かると、誘われたように大和も口を噤んで素直にそれに従った。 水深は大和の太腿の深さまであり決して浅くない。 思った以上の湯船の深さに十分な水圧を感じながら先に進もうとすると、大和の足にゴツゴツと何かが当たった。 「何だ、コレ?」 拾い上げると丸いボールのような物が手に取れた。ちょうどゴルフボールぐらいほどの大きさだ。 湯けむりの中、辺りをよく見渡せば、そのボールは湯面いっぱいに広がっていた。 「え~?なんだこりゃ~?」 大和は両手いっぱいに拾い上げて間の抜けた声を響き渡らせた。 「ヒノキのボールですよ。露天風呂ですからね。お湯の温度が下がらないようにそれが蓋の役目をしてるワケです」 「へぇ~!面白れぇっ!」 ザブザブと無邪気に大和が足でボールを裁きながら湯船を歩き回ると、役割を失った球体の合間から、冷却された湯面に濛々と白煙が立ちのぼる。 眼下に海の見渡せる対岸までたどり着くと、入り口は湯煙でもう見えなくなっていた。 「あれ、佐賀島ぁ?」 「ここですよ」 「おわっ」 直ぐ足元近くで声がする。見下ろすと、佐賀島は早々に肩まで湯船に浸かり、ジロリと大和を見上げた。 「身体が冷えますよ?」 眼光鋭く佐賀島が大和の腕を掴む。大和はもう少し遊んでいたいと不満顔をしたが、佐賀島の指は離れようとしない。それだけではなく、少し力を籠められた気さえもする。この男は一度決めたら頑として言うことを譲らないのはよく知っている。顔の表面にはけっしで現れないが、何故か怒っているのだ。 いつもそうだ。 彼はいつも真顔だが、不機嫌そうなのだ。 そしてその理由はいつも遠回しすぎて、大和に上手く伝わらない。 ―――― そりゃ俺は、頭悪ぃかもしんねーけどさ… 「しょうがねぇじゃん」と呟いたが佐賀島には聞こえない。 お互い無言の問答が続いたが、暫くして、大和はようやく掴んだ佐賀島の手が随分と熱いことに気づいた。 いや、佐賀島の体温が高いのではなく、知らない内にどうやら足と身体にかなり温度差が生じていたようだ。湯気に紛れて区別が付かなかったが、吐く息も白い。 「寒…っ」 ―――― ちょっとはしゃぎすぎたかな… 大和はブルッと震わせると、音を立てて勢いよく佐賀島の横に肩まで浸かった。 「っ、大和さん」 「おっ!ザァンネン、温泉なのに白くないのな~」 飛沫をまともに受けた佐賀島が批難の声を上げたが、掻き消さんばかりに大和はボールと一緒にお湯を掬い上げては湯面に落とす。その度にバシャバシャと音を立て、さらに細かい飛沫が飛んだ。 「……」 年齢よりもかなり幼稚な態度は日常茶飯事だが、これが若さ故か何なのか、この少年といると息つく暇も無い。 佐賀島はやれやれと一度溜息を深く吐くと、水滴の付いた顔を両手で拭い、そのまま後ろ手に髪を撫でつけた。 「確かに白くはないですけどね。水道水を湧かしたお湯と違って、いつものようにギシギシしていないんじゃないですか?」 「…あ、ナルホド」 佐賀島がスイッと一度湯面を腕で掻き回す仕草をすると、同じように大和は腕を伸ばし、湯を肌に触れさせた。 確かに彼が言う通り、水と同じ無色透明でありながら触れた湯は滑らかに身体中を纏うようにゆっくりと擦り抜けていく。 「へーぇ」 大和はその感触がお気に召したかのように暫く腕を掻き回すと、今度は湯を掬ってバシャバシャと音を立てながら、頭から何度もかけ始めた。 その度に湯面のボールが散在して佐賀島の身体にぶち当たる。 「ちょっと…」 「なあ、佐賀島」 さすがにこれは酷い、と大和の行動を咎めようと佐賀島が口を開きかけた矢先、 「何かこのお湯ヌルヌルして…これってさ、この間のラブオイルってヤツみたいだなっ!」 「ブフォッ」 突如、隣人が予想外な一言を言い放った。 「え、何?佐賀島、どうかした?」 「いえ…」 ―――― 幾ら無邪気でも程があるだろ… 思わず噴き出した口元を抑え体裁を整えると、佐賀島は大和ににっこりと口端を引き攣らせながら微笑み返した。 「そうですね、じゃあ、これを有効活用しましょうか」 「え?」 ―――― さすがにもう我慢の限界だ…俺は良く耐えた ザバッと佐賀島が立ち上がって大和の腕を掴むと、どこか覚束ない大和の腰も掴んで、岩場に上半身を俯せにさせた。 「あっ?え?佐賀島?!」 尻たぶを掴んでグイッと広げると、視線を彷徨わせながら大和が振り返る。 恐らく佐賀島の言葉を頭の中で反芻してオロオロしているのだろう。だが知ったことではない。 「お湯に浸かったままだと逆上せますからね、足湯ならイイでしょ?」 「いいって何が…っん、あっ!」 思わぬ所を佐賀島に喋りながら舐められ、大和から甲高い声が漏れた。 「ちょっ、やっ、やめっ!佐賀島っ!人が来たらっ!」 「安心して下さい。ここまでは見えませんよ」 「でっ、でも!」 狼狽える大和の身体を押さえつけ、佐賀島はお湯を手で掬って滑った感触を保ちつつ、後から包み込むように大和の前に触れた。

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