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03

 阿佐美と別れ、ショッピングモール内部を歩き回ること暫く。  俺は阿佐美と別れたことを早速後悔していた。  なんでこの寮は無駄に迷路みたいな形になっているのだろうか。  どれだけ歩いてもエントランスに辿り着かない。  阿佐美の元へ戻ろうと思うにも阿佐美がどこにいるのかも自分がどこを歩いているのかも分からない現状だ。  つまり、俺は迷子になっていた。 「……困ったな」  会長たちが見回りしていることもあってか生徒の影すら見当たらない。  こうなったら店員さんにでも聞こうか、なんて思っていたときだった。  どこからともなく声が聞こえてくる。  そして、複数の足音。  もしかして、他に生徒がいるのだろうか。声のする方へと向かった。 「あぁ、クソッ! あの野郎、人が優しいからって調子に乗りやがって……ッ!」  声の主は赤髪の男、阿賀松とその仲間たちだった。  まさか、こんなところで。  見るからに苛ついてる様子の連中に、このまま見つかってはまずい。そう本能的に察知した俺は咄嗟に身を隠そうと目の前の店の扉を開いた。  看板も見ずに入ったその店の中は照明がついておらず、扉に取り付けられた窓から廊下の明かりが漏れるだけだ。  なんだ、ここは。  ガラリと静まり返った室内にはカウンターがあるだけでもなにも見当たらない。  恐らく、というか確実に撤去された跡かなにかだろう。  無駄な数の店が並んでいるショッピングモールだ、潰れた店があっても可笑しくはない。  見たところ人もいないようだし、一人になるには丁度いい場所だ。  暫くここで時間潰して、ショッピングモールに戻るか。また阿賀松達に出くわしたらたまったものではない。  思いながら、空いた段差に腰を下ろした時だった。  突然、カウンター奥の扉が開く。  そして、 「……誰?」  一瞬、心臓が停まったかと思った。  扉の奥から現れたのは一人の男子生徒で、扉の奥の明かりで照らされたその顔には見覚えがあった。  ゆるめのパーマがかかった黒髪に、眠たそうな顔。  確か、始業式で司会をやっていた生徒会役員の一人だ。  なんでこんなところにいるんだ。自分のことを棚に上げて驚く。  そして、何よりも。  パーマ頭の細い指に挟まれた、白く、煙を立てる棒状のそれを見つけ、俺は凍り付いた。  そして、再びパーマ頭の顔に視線を向ける。 「た、煙草……?」  思わず、声に出してしまった。  煙草って二十歳以下は駄目なんじゃなかったのか。  あまりにも煙草がパーマ頭に馴染んでいたせいか、つい俺は自分の知っている範囲内で再確認する。  とんでもないものを見てしまったと顔を強張らせる俺に、パーマ頭は無表情のまま親指と人差し指で煙草の点火部分を挟み、火を消した。  じゅっと肉が焼けるような嫌な音がし、俺は咄嗟に視線を逸らす。 「……見た?」  再度こちらに視線を向けてくるパーマ頭に、全身に冷や汗が滲んだ。  咄嗟に後退るが、それよりもパーマ頭の手が伸びてくる方が早かった。  ネクタイを掴まれ、逃げようとする俺を無理矢理引っ張り戻される。  かなり、苦しい。 「なにも、見てないよな、お前」 「み、見てないです! 見てないですから!」  だから、離して。  そう続けようとしたときだった。 「おーい、栫井(かこい)ー。なにやってんの、小便?」  パーマ頭、もとい栫井が出てきたカウンター奥の扉から、もう一人の生徒が顔を出す。  見てるこっちが痛くなるくらいのピアスに、乱れまくった制服。  満面の笑みを浮かべ顔を出したそいつは栫井なるパーマに捕まってる俺を見て「あら」と目を丸くした。  ……確かこいつも、生徒会役員だったはずだ。  なんで、次から次へと生徒会のやつが出てくるんだ。  そんなことを思いながら、俺は特に意味もなくその生徒の手元に目を向け、再び顔が強張った。 「……缶ビール……」  アルミ缶を手にした生徒は、自分の手元を見て『しまった』と浮かべた笑みをひきつらせた。  目の前の栫井が小さく舌打ちするのをみて、つられて『しまった』と青ざめる。 「え、あ、ええと……」  生徒会役員ということは、仮にも生徒の代表に選ばれるくらいだから品行方正の優等生というイメージがあっただけに、俺は状況を呑み込めずにいた。 「いや、その……俺は、別に、なにも見てないです……ので……」  離して、と懇願するが、目の前の男……確か、副会長の栫井の表情は変わらない。  それどころか、向けられた視線はどんどん冷めていく。  そんな栫井とは対象的に、十勝(とかち)は明るく朗らかな笑顔を浮かべる。 「あっ、まじ? 見てないの? ならラッキー。良かっなぁ、栫井!」 「真に受けてんじゃねーよ、バーカ」  そう言って、苛ついたように肩を組んでくる十勝を振り払った栫井はこちらをじとりと睨んでくる。 「んなこと言って……証拠は? あいつらにチクらないって証拠」 「証拠……? あ、あいつらって……?」 「そういえば、お前見ない顔だよな」  疑念の眼差しを向けてくる栫井とは対象的に、あくまで十勝の反応はフレンドリーだった。  その軽さが今はただありがたいが……。 「あっ、あの、俺……今日からこの学園でお世話になることになってて……」  とにかくなんとか敵意も他意もないことを示そうとした矢先だった。  開きっぱなしだった扉から、ぬっと扉よりも大きな影が覗き、ぎょっとする。 「おい、お前らそこでギャーギャー何やってんだよ」  扉の全長を超えた長身に、制服の上からでも分かるほどの隆々とした筋肉。  照明に照らされ光るスキンヘッドと、がっしりとした顎に蓄えられた髭。  正直、その男が着ているものが自分と同じこの学園指定の制服でなければ、どこのチンピラか本職の方かと思う程の風体だった。  男の右腕に、十勝や栫井と同じ、『生徒会』と刺繍が施された腕章が嵌められているのを見て、ハッとする。  まさかこの人も生徒会か。今日の式では見掛けなかったが……。 「ゲッ、なんで一般生徒がここにいるんだよ……」  スキンヘッドの男は、俺の姿を見るなり露骨に嫌そうな顔をする。 「あっ、あの……俺……すみません……! 道に迷ってしまって……その……」  流石に苦しい言い訳だが、こうとしか言いようがないのだ。  俺だってここが生徒会役員たちの溜まり場だと知っていれば近寄らなかったことだ。  とにかく、頭を下げて謝ろう。  しかし、それもすぐに止められる。スキンヘッドの男は「馬鹿、やめろ」と言って俺の頭をあげさせた。 「別に、本来は入っても問題ねえからな。それに、俺たちも無断でここ使ってるわけだし」 「あ、五味(ごみ)さんそれ言っちゃうんすか? 大丈夫です?」 「元はといえばお前らがきちんと戸締まりしとかないからこうなるんだろうが! こいつに非はねえだろ」  五味さん、と呼ばれた男は「それに、お前、ここに来たばかりなんだろ」と続ける。  その問い掛けに、俺は一瞬、答えに詰まる。  お前、というのは俺のことだろう。この五味という人は、俺が転校生だと知っているのだろうか。 「あ、あの……」 「そんなに恐縮すんじゃねえよ。……ったく、本当、タイミングが悪いな……。まあ、いいや、ここじゃなんだ、足が疲れるだろ?」 「上がれよ。……別に、俺らの家でもないがな」と、五味は部屋の奥を指した。  その左右で、ニコニコと笑う十勝と、こちらを睨んでくる栫井の威圧に俺は断ることができなかった。  ……でも、良かった。五味は、話が通じそうだ。  それでもまだ気が抜けないが、とにかく、波を立てたくなかった。俺は、五味に促されるがまま部屋の奥へと入った。  薄暗い店内は、本当に店として使われていないようだった。煙草の煙が充満しているようだ。  小さな照明が照らす内部、五味は適当なボックス席のソファーに腰を下ろす。そして、座れよ、と向かい側のソファーを指した。どうやら先程まで彼らが使っていたのだろう。袋菓子や、缶ジュースや中にはアルコールが入ったもの、灰皿などが置かれている。  俺の周りのそれらを避けてくれる五味。俺は、言葉に甘えてそこに腰を降ろした。  ソファーの傍、佇む栫井の視線がただ痛い。それを気づかないフリしながら、俺は、ただ居心地の悪さをひしひしと感じていた。 「齋藤佑樹だろ、お前」  そう、名前を呼ばれ、ギクリとした。  嫌な汗が滲む。まさか、名前まで知られてるとは思ってもいなくて、「え」と声を漏らしたときだ。 「あー!!」といきなり十勝は何かを思い出したように声を上げる。 「思い出した、こいつ、会長の持ってた資料に書かれてたやつでしょ!」 「……お前は黙ってろ、十勝。余計ややこしくなる」 「なんすか、つまんねーの!」 「……あの、どうして、俺のこと……」 「……まあ、なんつーか、ほら、時期が時期だからな、転校生には気遣えよっていうのを予め言いつけられてんだ。……だから、まあ、別に取って食おうってわけじゃねーから安心しろ」 「……」  と、言われてもだ。生きた心地がしなかった。  顔も割れてしまえば、何をされるかわからない。内心ビクビクしていると、五味はバツが悪そうにぼりぼりと頭を掻く。 「俺もお前も、運がねーってこった。本来ならお手本になんなきゃなんないんだが……まあ、こいつらも楽しみがこれくらいしかねーんだ。悪いが、黙っててくれないか」  そして、言うなり五味は頭を下げる。今度はこちらが驚く番だった。 「あっ、あの、顔を……上げてください……俺、言うつもりありませんし……!」 「……本当か?」 「は、はい……」  嘘ではない。そんなことしてみろ。背後の栫井が睨むだけで済むはずがない。  それに俺にしてみれば関わりたくないというのが本音だ。自分からそんな厄介事に頭を突っ込みたくない。 「……悪いな。助かったよ。もし、会長にバレたとなったら……今度こそ、何があるかわかんねーからな」 「……会長?」 「げんこつだけじゃ済まねーっすよ、絶対!」  先程あった、模範生を具現化したような人を思い出す。芳川会長、そうか、あの人を恐れているのだろうか。  確かに、真面目そうな会長だ。もしも自分の仲間である他役員がこんなことしてると分かれば、堪ったものではないのだろう。  が、なんか、心配する順序が違うような……普通、先生たちを先に怖がるものではないのだろうか。  気になったが、敢えて俺は何も言わなかった。 「そうだ、自己紹介が遅くなったな。俺は、生徒会副会長、五味武蔵だ。……一応、お前の一個上、三年になるな」 「副会長……なんですか?」 「そーそー、五味さんと栫井は副会長なんだぜ。うちの学校はちょっと変わっててな、副会長に関しては二人いるんだよ。あ、俺は十勝! 十勝直秀! 生徒会書記でーす!」 「……と、十勝君……」 「おう!なんか君付けって新鮮だなー! よろしくな、佑樹!」  そう言って、十勝は「お近付きにこれやるよ」と未開封の菓子袋を押し付けてくる。  正直要らないが、断って気を悪くさせるのもあれだ。俺は「ありがとう」とそれを受け取った。コーラ味のグミがたくさん入ってるようだった。 「おい、栫井。お前も自己紹介くらい自分でしろよ」 「……なんで俺が」 「こういうのは誠意を持ってやらねえと、信頼関係築けねえぞ。……バレたら面倒なのはお前も同じなんだろ」 「……栫井平佑、二年。副会長。……以上」  言うなり、栫井はそっぽ向いて二本目の煙草を咥える。  なんというか、いやいやというか、それを隠そうともしない栫井になんだか心臓が痛くなる。  こんな出会いから仲良く出来るとは思えないが、それでも弱味はこっちが握ってるんだからもう少しそれらしい態度くらい取れないのか。  そう疑問に思うレベルのおざなりさだった。 「とにかく、齋籐。……こんなこと、お前に頼むのはあれだが、まあ、見なかったことにしてくれ」 「は、はあ……」 「それで代わりと言っちゃあなんだが、なにかあったら、俺に言ってくれ。できる範囲なら助けてやる。……この二人が」  と、五味は栫井と十勝を指差した。 「ちょっ! 五味さーん! なに言ってんすか!!」 「……なんで俺まで」 「うるせぇ!! 元はと言えばお前らが我慢できないからだろ! 俺はいつも止めとけっつってんだろ!」 「う……っ、で、でもーー!」 「……今日誘ってきたの十勝ですよ、これ、十勝のせいじゃないっすか」 「栫井お前俺を裏切るつもりかよこのー!!」  ポコポコと栫井を殴る真似する十勝。それを無表情で頭を叩き返す栫井。  ぺしーんと良い音が響いた。 「言っとくけど、お前も同罪だぞ、栫井。……というわけだ。まあ、俺らにできる範囲なら手を貸してやるから」 「……分かり、ました」 「声が小せえな。本当にわかってんのか……?」 「わ、分かってるよ……!」  というわけで結局、五味の勢いに流された俺は五味たち生徒会役員と不正な取引を交わすことになった。  五味たちに頼る日が来ないことを祈るばかりだ。 「とにかく、お前ら今度からはちゃんと戸締まりしろよ」 「ういっす」 「……了解」 「それじゃ、シラケたしそろそろ戻るか。会長に怒られる前に生徒会室に行かねえと」  まずは飲酒喫煙を控えるべきなのではないだろうか。  思いながら、俺はぞろぞろと出ていく生徒会役員たちを見送る。  それにしても、色んな人がいるんだなぁ。  殴られずに済んだのはよかったが、このまま本当に見過ごしていいのか不安になってくる。  そして、こちらを無表情で睨んでくる栫井の顔を思い出し『これでいいんだ』と無理矢理自分を納得させた。  なるべく穏便に済ませたい。それが俺の望みだ。  それならば、ちょっとくらいの不正、目を瞑るしかない。

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