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02※
ひょんなことから生徒会と合流した俺は、一先ずお互いの状況を説明することにした。
どうやら生徒会は昨日のこともあってか、深夜の校内見回りをすることになったらしい。
そして、それがどうやら俺達の肝試しと被ったということらしいが……。
「佑樹も肝試しかよ、最近やたら色んなところの鍵開いてんなと思ったらそれか。なるほどね、楽しそ……いや! 駄目だぞ、そんなことしたら。せめて俺を誘ってくれりゃあいいのにさー」
一通り説明し終えるなり、十勝はそんなことを言い出した。
どうやら俺が何も言わなかったことが不服のようだが、それはそれで取り締まるべき立場である生徒会の一員としてどうなのだろうかと思う。
そして案の定五味に「おい」と小突かれていた。
「ともかくだな、この時間帯の出入りは校則で禁止されてるはずだ。……この場に会長いなくてよかったな、本当」
「ご……ごめんなさい」
「まあ誰だってやりたくなるよな、分かる分かる! 今度からは、俺達にバレないようにしろよア痛ッ!!」
「お前はまたそうやって余計な一言一言を……」
「出た五味さんのゴリラパンチ! これ以上俺の成績落ちたらまじで五味さんのせいにしますからね!」
大袈裟に泣き真似をする十勝に、「お前の成績はこれ以上落ちようがないだろうが」と五味は冷静に返した。
一先ず、よく見知った顔に出会えて安堵したが、これはこれでまた別の問題が起きてるのも事実だ。仕舞った携帯端末がポケットの中で震えてる。志摩からの連絡だろうが、この空気では出れない。
ごめん、志摩、後ですぐに掛け直すからね。そう心の中で謝罪しつつ、どうにか生徒会の面々と別行動できないかと企んでみたものの、補導した生徒をその場で放置するような真似はしないらしい。
流れに流れて俺は気付けば五味たちとともに校舎の外へと出ていた。
「それじゃ、ちゃんと真っ直ぐ帰るんだぞ」
「あ、は、はい……すみません、ありがとうございました」
というわけで、学生寮の前まで送ってもらった俺は五味たちと別れることになる。どうやらまだ校舎周りの見回りが残っているという。
そのまま戻るフリをして、俺は三人の姿が見えなくなるのを確認したあと、別の方向から校舎裏へと向かった。
そうだ、志摩が開けっ放しにしていたというあの窓からもう一度入れやしないかと思ったのだ。
しかし。
「……あ、開かない……」
閉められた窓はきっちりと閉ざされていた。
もしかしたら別の窓だったかもしれないと思い、並ぶ窓全部を確認したが間違いない。生徒会に施錠されてしまったらしい。
「う、嘘……」
もしかして、二人とも校舎に閉じ込められた……?
先ほどとは別の嫌な汗が滲んだ。
取り敢えず志摩に連絡を、と端末を取り出すが、画面は真っ黒のままうんともすんともいわない。こんな時に限って電源が切れるなんて、ついていない。あんな電話の切り方をしたせいで志摩も心配してるだろう。
とにかく部屋に戻って充電しよう。そう決心し、俺は急いで一度自室へと戻ることにした。
◆ ◆ ◆
――学生寮、自室。
とにかく、志摩に状況説明だけはしなければならない。そう判断し、携帯の電源が入ったのを確認した俺は志摩からの夥しい着信履歴に慄いたあと、志摩の携帯へと電話を入れることにする。
けれど繋がらない。向こう側から聞こえてくるのは無機質な音声で、圏外になってるか、電源が切れているのかもしれない。
阿佐美に連絡を、と思ったが俺はそもそも阿佐美の連絡先を知らないのだった。……一先ず、メッセージだけを志摩に送ることにした。
胃が痛い。どうしてこうも立て続けに悪いことが起きるのか。取り敢えず、こうなったら生徒会に正直に話して鍵を開けてもらおう。
志摩も阿佐美も怒られるかもしれないが、このままわけのわからないまま二人を放っておくわけにはいかない。
まだ、外にいるのだろうか。それすらも分からないが、取り敢えず、部屋でじっとしてても仕方ない。俺はある程度充電が溜まったのを確認したら、携帯を仕舞って部屋から飛び出した。
いつの間にかに消灯時間も過ぎていた学生寮は真っ暗になっていて、不気味ではあるがそれを怖がってる暇はなかった。
階段を使ってロビーまで降りてきたときだ。真っ暗なロビーの前に、人影を見つけ、思わず立ち止まる。百九十近くはあるだろう長身のシルエット。僅かな照明に照らされた、赤。
「こんな時間にコソコソと何やってんだ?」
「ユウキ君」その声に名前を呼ばれ、一瞬、息が止まる。
今日は、厄日か何かなのだろうか。外出していたのだろうか、私服の阿賀松に、俺は目の前が真っ暗になっていく。
「……っ、阿賀松……先輩……」
「なんだぁ? その顔は。そんなに俺が恋しかったか?」
冗談なのか本気ともつかない阿賀松の態度だが、どちらにせよ俺にとってはよくない状況であることには違いない。
逃げなければ、そう思うが、「どこに行くんだよ」と腕を掴まれてしまい、すぐに止められる。
「……なんだよ、その態度は。せっかく俺が来てやったってのによぉ」
「来てやったって……」
どういう意味なのか、それを聞くよりも先に、目の前に一枚のカードを突き付けられる。硬質そうなそれは、カードキーのように見えた。
「これ、なんだと思う?」
「……カードキー……ですか……?」
「そうだよ。これ一枚でこの学園の大抵の扉は開けられるっていう、二枚しか存在ない内の一枚だ」
「え」
「お前、これを探してたんじゃねえのか?」
笑う阿賀松に、俺は余計こんがらがる。どうして阿賀松がそんなものを持ってるのかというよりも、どうして阿賀松が『俺が鍵を探してることを知っている』のか。
目を白黒させる俺に、阿賀松は指先でカードを玩び、笑う。
「なんで俺がそんなこと知ってんだ……って顔だな」
「……ッ、!」
「……ユウキ君、お前もう少しその出やすい顔どうにかした方がいいぞ。分かりやす過ぎんだよ」
「……す、すみません……」
「詩織ちゃんから連絡あったんだよ、閉じ込められただとか」
「……っ、え……」
「それで、お前が無事かどうか確認してくれって」
「こちとら部屋に行く手間省けて助かったがな」と、阿賀松はヒラヒラと手を振った。
どうして、阿佐美が阿賀松に。
驚いた。二人が面識あることは知っていたが、到底連絡を取り合うような仲とは思えなかったからだ。
「随分と詩織ちゃんに懐かれてんな、お前。……色仕掛けでもしたか?」
「っ、な、何……言って……」
「本当、俺を使いっ走りにするなんざいい度胸だよ、アイツ」
そういうが、阿賀松は不機嫌そうではない。寧ろどこか楽しげですらあった。
けれど、鍵の問題はここで解消されたわけだ。阿賀松も阿佐美と連絡取れるといっていたし、これでなんとか二人を助け出すことができる。そのはずなのだが、問題の鍵を握ってるのが目の前の男だと思うと、素直に安心することができなかった。
「あの、早く阿佐美たちを……」
「……なんだ、随分と反応悪ィな。もっと泣いて喜ぶところだろうが」
「え……」
言ってる場合ではないのではないか。そう顔をあげたときだった、手首を掴まれる。ぐっと体を抱き寄せられ、鼻先同士が擦れそうになったところで慌てて顔を引いた。
「先輩っ」と、声をあげたとき、唇が触れそうなほど顔が近付いた。そして。
「……やっぱ辞めた」
阿賀松の手が離れる。
え、と思うよりも先に、阿賀松は俺の横通り過ぎ、そのままロビーの奥へと向かった。
「えっ、あの、冷めたって……」
「俺はあいつらがどうなろうか知ったこっちゃないしな、どんだけ胃痛めようが全く関係ねえし」
「ま、待って下さい……ッ!」
せめて、阿佐美に俺は無事だという連絡だけでも。そう思い、咄嗟に阿賀松の手を掴んだときだった。胸ぐらを掴まれる。殴られる、と目を瞑った矢先、唇に何かが触れた。
「っん、ふ、ぅ……ぐ……っ」
舌が触れ、唇を抉じ開ける。ぬるりとした感触に、舌が絡められる度にやつの舌に埋め込まれたピアスが擦れ、息が漏れる。
ここをどこだと思ってるんだ、と思うが、伸し掛かるように体重をかけられれば阿賀松の腕から逃げられなかった。
「……っ、せんぱ……」
「……ユウキ君、俺にタダ働きさせる気か?」
「随分な御身分じゃねえか」と唇を舐める阿賀松に、血の気が引く。
やはり、俺の嫌な予感はよく当たるらしい。
何故。何故このようなことになってるのだろうか。
「っ、は、ぁっ、ん、……ッふ……」
目を瞑り、無心で唇に押し付けられるそれに舌を這わせる。阿賀松の前に跪いた俺に阿賀松が強要したのは、俗にいうフェラチオなるもので、正直、吐き気のあまり集中することはできなかった。
誰がいつ通り掛かるかも分からない非常階段の踊り場。
阿賀松に髪を掻き上げられ、咥えてる姿をただじっと見られるのは正直耐えられたものではない。なのでなるべく目を開けないようにしてるのだが、舌の上で反応するそれの脈が余計生々しく伝わってはそれどころではなくなってしまう。
「お前……本当下手くそだな。そんなんじゃ朝になるぞ」
「っ、ぅ……んん……」
「もっと舌動かせ。喉と顎も使え。飴しゃぶってんじゃねーんだぞ、分かってんのか」
何故俺が怒られなければならないのか。正直泣きたい気持ちでいっぱいだが、泣いたところでこの男を喜ばせるだけだと思うと涙も引っ込んでしまう。
「っ、ふ、ぅ……」
従わなければどんな目に遭わされるか分からない。俺は言われるがまま口を開き、阿賀松のものを咥えようとするが、口いっぱいに広がる独特の味に堪らず嗚咽する。
「お前口小せえな……根本まで咥えたら顎外れんじゃねえか?」
「ん゛ぅ……ッ、ぐ……ッ」
「外されたくねーんならお前が動かせよ。……ほら、裏スジに舌這わせるんだよ。それとも俺に動けって言うのか?」
「……ッ」
男の性器咥えて顎脱臼なんて情けない真似、したくない。俺は込み上げてくる諸々をぐっと堪え、裏スジに舌先を這わせる。何をどうすれば気持ちいいのかも分からない。半ばやけくそに舌を動かし、言われたように口全体を使って刺激すれば、わずかに阿賀松の息が乱れた……ような気がした。
「……やればできるじゃねえか」
くしゃりと前髪を撫でられ、そのままするりと耳に触れられる。くすぐるように耳の穴に指を入れられれば、そのこそばゆさに動きが止まりそうになるが、すぐに阿賀松に「止めるんじゃねえ」と叱られた。
こんなこと、楽しいとも思わないけど、阿賀松に褒められるとほんの、ほんの少しでも安堵してしまう自分が嫌だった。
「っ、……ん、……っ、ぅ……ふ……ッ」
濡れた音が口いっぱいに響く。愛撫を続けていると性器からぬめりのある液が分泌物が滲み出し、それは舌に絡みつき、余計生々しい音を立てるのだ。
なにを……してるのだろうか、俺は。
阿賀松が気持ち良さそうに息を吐き、その熱に、息遣いに、胸がどうかなりそうな程煩くなった。
「っ、は、どうした……どうせならもっと美味そうに食えよ……っ、なぁ……」
体内に低音が響く。恥ずかしくて、どんな風に阿賀松の目に写ってるのかと思うと恐ろしくて、俺は阿賀松の顔を見ることはできなかった。
体の芯が熱くなる。頭がぼーっとしてきて、くらくらして、それでも阿賀松の脈はちゃんと伝わってきて、俺はそれに応えるように何度も舌を絡める。口から溢れる唾液を拭う隙もなかった。
「……っ、ぅぶ、……ッふ、んん……ぅ」
ドクドクと弾む脈は確かにその間隔を狭めていた。舌の上のそれも先ほどに比べ膨張し、反り返る程張り詰めたそれには目でも分かるほど限界に近付いていて。
えげつない、そう思うのに、目が逸らせなかった。裏スジに浮き上がる無数の血管はグロテスクとも思えた。けれど、そこを舌先でなぞると阿賀松が、あの阿賀松が笑うのだ。乱れた呼吸を紛らすように。僅かに汗を滲ませて。
「……ッ、ユウキ君……」
名前を呼ばれ、顎の下に触れられる。熱の籠もったその目に、ぞくりと背筋が震えた。ほんの一瞬だった。阿賀松と目が合った瞬間、開いた口に親指を捩じ込まれる。「あ」と思ったときには遅かった。大きく抉じ開けられた咥内、開きっぱなしになったそこに、「悪ィ、我慢できねーわ」と性器を押し付けた。
どういう意味だと目を見張ったときだ。
「……歯ァ立てんなよ」
凶悪な笑みを携えた男の言葉を理解するよりも先に、一気に喉奥まで無理矢理抉じ開けてくるその熱量に目を見張った。歯を立てるどころか限界まで開いた顎は閉じることもできず、無防備状態の咥内に根本まで阿賀松の性器が挿入されたのだと気づくのには時間がかかった。息が、できない。えずく。阿賀松の腰を掴んで引き離そうとするが、後頭部を抑え込まれ、それすらも許されない。息苦しさと吐き気で何度も嗚咽を繰り返すほど口いっぱいいっぱいに挿入されたそこは益々大きくなる。
「お゛ぼ、ッぐ、ぉ……おえ゛ッ」
「っ……予想通りだな、お前の喉最高だぞ、ユウキ君」
「ん゛ぅおッ、ほ、ぉ゛ぼッ」
そう、阿賀松がストロークする度に胃液が込み上げ、拒むに拒めないそれに窒息しそうになる。その都度伸縮する喉に締め付けられた阿賀松の性器は反応し、阿賀松はそれを求めるように腰を動かし始めるのだ。ごぼりと、濁った咳が出る。苦しくて、何も考えられなくて、文字通り性処理道具のように喉の奥を何度も擦られれば目の前が真っ白になる。長い時間が経ったような錯覚すら覚えた。逃げ出そうとする度に喉の奥を突かれ、カウパー混じりの胃液が口からぼたぼたと溢れる。冗談抜きに、本当に顎が外れてしまう。そう、ぎゅっと目を瞑ったときだ。喉奥深くへと打ち付けられたそれがびくりと反応し、次の瞬間、大量の精液が吐き出された。
喉奥へと直接注ぎ込まれるその粘ついた精液を吐き出すこともできなかった。焼けるように熱くなる喉。俺の手から力抜けるのを確認し、阿賀松は性器を引き抜いた。
「っ、う……っゲボッ! ゴホッ!」
「偉いじゃねえかユウキ君……残さず飲めて」
「……っ、……」
「ご馳走様は?」
「……っごひ、そうさま……れふ……」
「ック、クク……呂律回ってねえじゃねえか、お前」
何を返す気力もなかった。今すぐ口に指を突っ込んで飲み込んだそれを吐き出したい衝動に駆られたが、阿賀松がいる限りそれはできない。
顎が、開いたまま閉じることができなかった。舌先の感触がない。口元を汚す唾液を拭うこともできず、その場に座り込む俺に、阿賀松は「仕方ねえな」とハンカチで口の周りの唾液を拭ってくれた。
「っ、う……」
「お前にしちゃ頑張ったな……ほら、行くぞ、詩織ちゃんに会いに行くんだろ」
「……はひ」
「取り敢えず、お前イカくせーから口濯いでこい」
「………………」
やっぱり俺は阿賀松を好きになれない。
阿賀松は、驚いたことにちゃんと約束を守ってくれた。
この男なら人の顎を壊すだけ壊して「下手くそだからこれは不成立だな」とかいって帰ってもおかしくないと思っていただけに、余計。
が、正直この男と並んで歩くこと以上の精神的苦痛はない。
校舎まで、阿賀松から一歩下がった位置からついていっていたが、やけに上機嫌に鼻歌なんて歌う阿賀松が不気味で仕方なかった。
裏門側、教師専用の出入り口へとやってきた俺達。
阿賀松は持っていたマスターキーを使い、セキュリティーを解除する。
「行くぞ」とさっさと校舎内へと移動する阿賀松。俺はその後ろを見失わないよう、且つ阿賀松の手の届かない範囲を意識してその後をついていく。
校舎内は相変わらず真っ暗だった。人気はない。
が、さっきみたいに静まり返ったそこに怯えることはなかった。機嫌を損ねた阿賀松より怖いものはない。そう身を持って知ってるからか、皮肉なものだ。
「……あの、阿佐美はどこに……」
「さあな」
「さあなって……」
「一年の教室前で待ってるつってたけど……」
「齋藤ッ!!」
その時だった。阿賀松の声を遮るその声に、俺は咄嗟に振り返る。そこには、志摩だ。志摩は、俺を見て、安心したような顔をする。
「齋藤、今までどこにいたんだよ。ずっと俺、連絡してたのに……」
そして、そう駆け寄ってくるのもつかの間のことだった。
俺の隣にいる阿賀松を見て、志摩は顔色を変えた。
「……なんで、アンタがここにいるんだよ」
志摩の表情から、感情が消える。すとんと抜け落ちるような、それでいて、肌に突き刺さるほどのそれは、憎悪にもよく似ていた。
最初、俺に対して怒ってるのかと思った。けれど、その視線の先にあるのは、阿賀松ただ一人だ。
その視線を向けられた阿賀松は、ただ笑っていた。ニヤニヤと「よお、久し振りだな。亮太」とまるで旧友にでも会ったかのような気さくな態度で。
「そんな睨んでんじゃねーよ。わざわざコイツを連れてきてやったってのによ、可愛くねえやつだな」
「なあ、ユウキ君」と、阿賀松に腰を抱かれそうになったときだ。
「触るなッ!」
そう、一言。阿賀松の手を振り払った志摩は、そのまま俺の腕を掴んだ。
「っ、し、志摩……?」
阿賀松の手を叩くなんて、と驚く暇もなく、走り出す志摩に引っ張られる。阿賀松はというと、相変わらずニヤニヤ笑いながら俺たちを追いかけるわけでもなく見送った。
突然豹変する志摩に不安になるが、とてもじゃないがその背中に言葉をかけることはできなかった。
どれほど離れただろうか。気付けば、大分端まで来ていた。疲れて、俺が足を止めたとき、志摩はようやく立ち止まった。
「……し、志摩……あの……」
心配かけて、ごめん。そう一言、言えばいい。そう頭ではわかっていたが、こちらを振り返る志摩の目を見ると、言葉に詰まってしまった。
志摩が、怒ってる。睨まれるだけで、頭が真っ白になってしまって、萎縮してしまう。
「あの……電話、出れなくて……ごめん……それで、その、阿賀松先輩には、その、手伝ってもらったというか……えと……」
こういうときに限って、何も考えれなくなる。
志摩に睨まれるだけで、頭の中がグチャグチャになってしまって、言葉が上手く続かない。どうやっても言い訳がましくなってしまって、俺は「ごめんなさい」ということしかできなくなる。
「……俺、言ったよね。あいつとは関わるなって」
「っ、それは……」
「そんなに俺の話は信用ならなかったわけ?」
冷たい声。いつもの軽薄な志摩はそこにいない、笑みも軽口も、なんもない。ただ、呆れとも似た明確な怒りの色が滲んでいて。
「っ、違う……そういうわけじゃ……」
「そういうことだろッ!!」
聞いたことのないほどの志摩の怒声に、体が硬直する。汗が止まらない。呼吸が、浅くなる。
俺を睨んだ志摩は、「もういいよ」と俺の手を離し、そしてそのまま歩き出す。
「し……志摩、待って……あの……俺、そ、じゃなくて……」
こんなはずではなかった。こんなに志摩を怒らせてしまうとは思ってもいなかった。
志摩に、嫌われたくない。せっかく、仲良くしてくれて、色々助けてくれた志摩と、こんな風に怒らせるなんて。
「っ、待って……!」
体裁とか、どうすれば志摩の機嫌をよくできるのかだとか、そんなことを考える余裕なんてなかった。
志摩の腕を掴む。こんなことでしか引き止める方法がわからなかった。
「俺……っ、あの……その、怒らせたのなら、謝る、から……お願いだから、行かないで……ッ」
他にももっと言いようがあったはずだ。けれど、パニックになった頭では言葉を選ぶ余裕なんかなかった。とにかく、志摩に分かってほしくて。声が震える。男相手に引き止められて、不気味がられても仕方ないことをしてるという自覚はあったがなり振り構っちゃいられなかった。
不安で、胸が張り裂けそうだった。こんな風に自分の気持ちを吐露したことなんかなかった。きっと、志摩に呆れられるだろう。突き飛ばされるだろう。そう思っていたが、志摩は、俺を振り払わなかった。
こちらを振り返った志摩は、冷たい目を向ける。
「……何、それ。泣き落としのつもり?」
その言葉に、ハッとする。感情的になったせいだろうか。潤む視界。顔が熱くなって、慌てて目元を拭おうとしたときだった。志摩に手を取られる。そのまま手首を捻り上げられ、痛みに声が漏れた。
「どうして齋藤が泣くの?」
泣いてる、つもりはなかった。が、感情を制御することに慣れてないせいだろうか。だだ漏れになってしまう自分の幼さが恥ずかしかった。けれど、志摩は笑わない。真剣に、尋ねてくるのだ。足を止めて。俺の目を見て。
「っ、俺は……志摩に、嫌われたくない……」
「……なんで?」
「そ、れは…………」
誤魔化しなんて、志摩には通用しないだろう。
真っ直ぐにこちらを覗き込んでくる目に、心臓の音が、早鐘打つ。何もかもを見透かされているようだ。それでいて、志摩は俺の口から直接聞き出そうとする。
「……志摩が、好きだから……」
その言葉を口にした瞬間、視界が遮られる。唇に、何かが触れる。
志摩にキスされてると気付いたときには、全てが遅かった。
どうして。何故。何が起きたのかわからなかった。
触れ合う唇に、何かの間違いだと思ったが、目が合って、志摩に再度唇を塞がれた。
「っ、は、ぅ……ッん……ッ」
これは、夢だろうか。俺は、悪い夢でも見ているのか。
背後には壁。押し付けられた体は身動き取れなくて、顎を掴まれ深く唇を重ねられる。触れられた箇所が焼けるように熱くなった。
ほんのわずかな間のことだと思う。けれど、この一秒一秒はとてつもなく長くて。
俺は、我慢できずに志摩の胸を突き飛ばした。唇が離れる。咄嗟に、口元を覆う。夢ではない、現実の、感触だ。
「っ、ど……して……キス……」
力が、抜けそうだった。どんな顔をしたらいいのか分からなくて、自分がどんな顔をしてるのかもわからなくて。
「齋藤が、俺のこと好きだって言ったから」
「ちが、俺は、そういう意味じゃなくて」
「じゃあ、俺が齋藤のこと好きだから」
「……ッ」
そういう意味じゃない。そう、言い返す気力もなかった。志摩にキスをされたショックに、何も、考えられなくて。
俺は、ただ、志摩に以前と変わりなく友達として、一緒にいてもらいたくて……それだけだった。
好きと言われたのに、まるで胸が暖かくなかった。こんなのは違う、おかしい、好意の言葉を素直に喜べないのはそこにあるはずの決定的な部分がすっぽりと抜けているからだ。
「っ、志摩……」
俺が言葉を紡ぐよりも先に、志摩に唇を塞がれる。今度は舌を絡め取られ、擦り付けられる。
顔を逸らそうとしても、敵わなかった。
そのとき。
「ゆうき君? ……志摩?」
聞こえてきた阿佐美の声に、ようやく志摩は俺を開放してくれた。
その後すぐに、阿佐美と合流することになる。阿賀松から俺達のことを聞いたのだろう。
流石に、阿佐美の前でキスをするようなことはなかったが、俺と志摩はあれから一度も会話することはなかった。
そして、阿佐美も俺たちから何か感じ取ったのかもしれない。特に深く聞いてくるわけでもなく、俺と志摩の傍にいてくれた。
「あっちゃんからはマスターキー預かってきたから、施錠のことは心配しなくても大丈夫だよ」
「……うん」
「……それにしても大分歩き回ってたからかな、お腹減ったね。……ゆうき君もご飯食べてないんだよね? 空いてない?」
「……いや、俺は……大丈夫だよ」
「ん……そっか、そうだね……」
気を紛らわせてくれようとしてるのだろう、話題を変えてくれる阿佐美だったが、同じ空間に志摩がいるというだけでまるで話が頭に入ってこなかった。
結局、幽霊の正体も分からず仕舞いだった。
肝試しどころではない。俺は、その夜志摩とキスした感触が残ってまともに眠ることは出来なかった。
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