29 / 166
03※
強烈な睡魔に襲われ、気絶するように眠った。どれくらい時間が経ったのか分からないが、俺は夢現の中、ぼんやりと自分が眠っていることに気づき、そして飛び起きた。
「っ……」
壁一面のガラス窓から射し込むのは赤い夕陽だ。遠くの空にはカラスが群れを成して飛んでいた。
暫く、俺はぼんやりとした頭の中動くことができなかった。俺が眠っていたのはソファーの上だったらしい。クッションが枕代わりに添えられ、そして俺の体の上にはタオルケットが掛けられていた。
頭の奥が微かに痛む。眠りすぎたのかもしれない。
俺、会長たちと昼食を取って、それで……。そのまま、眠ってしまったのか。壁の時計を見るに、既に残りの授業は少ない。完全にサボりだ。血の気が引いて、慌ててソファーから降りようとしたときだ。
「……どこに行くつもりだよ」
飛んできた声に、全身が跳ね上がりそうになる。
デスクの前、いつからそこにいたのか椅子に腰を掛けていた栫井は冷ややかな目をこちらに向けた。
「っ、栫井……」
やつが立ち上がる。こちらに歩いてくるのが分かって、咄嗟に俺は辺りを見渡した。
会長か、誰か、いないのか。そう思ったが、何ということか、生徒会室には俺と栫井以外の姿が見当たらない。
「あの、他の人たちは……」
状況が飲み込めなくて、それでも、黙ってるのが嫌で咄嗟に尋ねれば、目の前までやってきた栫井は、ソファーに乗り上げる。慌てて降りようとするが、ネクタイを掴まれ、逃れられない。
「……いねーよ、誰も」
ネクタイをリードのように引かれれば、必然的に首が締まる。
こちらを見下ろす細められた目に、背筋が震えた。
「っ……離、し……」
「……離したら、今すぐ逃げ出すだろ」
「……ッ」
そりゃ、そうだ。こんな敵意丸出しにされて、のんびりと過ごせるわけがない。それに、生徒会のことは嫌いではないし寧ろ助けられる部分はあるが……こいつは別だ。
読めない、何を企んでるかわからない。不穏分子そのものだ。
「……会長から、連絡があるまであんたをここから出すなって言われてんだよ」
……会長から?
栫井の口から告げられるその事実に、驚いた。
もしかして、俺が眠りこけたから気を遣ってくれたのか?と思ったが、そこで十勝の言葉が頭をよぎった。
ゆっくりしてけよ、と十勝は言った。もしかして、最初から会長は俺を生徒会室に置いておくつもりだったということか?
考えれば考えるほど悪い思考が働く。そんなはずがない、自意識過剰もいいところだと思うが、今の栫井の言葉からしてその可能性はゼロではないことを教えられた。
となるとだ、今の状況は芳しくない。
「……っ、出ない……俺、ここにいるから、離して……っ」
栫井が、怖い……否、怖いというよりもそれは理解不能に等しい。読めない。こいつといると禄な目に遭っていない。その前例があるだけに、警戒するなという方が無理な話だった。
栫井は、何も言わない。冷たい目が怖い。反応が薄い。灘の無表情も不気味だが、こいつの場合は明確な悪意を感じずにはいられない。
「栫井」と、ネクタイを掴むやつの手を引き離そうと掴んだときだった。片方の手に、腕を掴まれる。
骨張った細長い指が手首に絡みつき、頭上へと引っ張られれば、痛みに驚き俺は堪らず栫井を突き飛ばそうとした。恐らく、それは動物的な本能に近かった。
人が暴力的感情を爆発させる直前のあの空気、あの目、それが今、肌で感じたのだ。
「離し……ッ」
こいつといるのは禄な目に遭わないとわかっていたのに、油断していた。
首に伸びるその手に、全身が硬直した。薄い掌に首を締められ、手を振り払おうと藻掻く。細い指が皮膚に食い込む。器官を押し潰すように全体で締め上げられれば、頭に血が昇っていくのがわかった。
「っ、は……ッ」
苦しい、というよりも、『殺される』という恐怖の方が大きかった。軽く締め上げられただけでも、俺にとってはその行為自体が恐怖そのもので。
自分の首に伸びる栫井の手首を掴もうとしたときだった。
無表情の栫井は冷めた目をこちらに向けたまま、俺の顎を掴んだ。無理矢理栫井の方を向かされた。視界が陰る。
「っん、ぅ……っ?!」
酸素を求め、開いた唇に何かが触れた。それが栫井の唇だと気付いたときには手遅れだった。
何故俺はこの男とキスをしているのか。混乱する思考の中、空いていた栫井の手が腹部に伸び、別の意味で緊張する。
もみくちゃになってソファーの上に押し倒され、強引に託し上げられるシャツの下。剥き出しになった臍の周囲を指先で撫でられれば、腰が大きく揺れた。
「っ、や、な、んで……ッ、んぅ……!」
状況を飲み込む暇すら与えられない。
顎の下を撫で上げるように上を向かされ、薄い舌を捩じ込まれる。唇を割って入ってくる舌先は歯列をなぞり、上顎を嬲る。
少なからずとも俺は、キスというものは好きな相手とやるからこそ気持ちいいのだと思っていた。好きでもない、それも苦手な相手に咥内を隈なく舐め回され、舌を甘く噛まれる。嫌悪感は勿論あるが、それ以上に、頭の奥がじんじんと熱くなって、思考が麻痺する。息苦しいはずなのに、気味が悪くて怖いのに、体と心が噛み合わない。
「っ、は、ん……ッぅ……」
逃げないと、逃げなきゃ、逃げなければならないのに。捩った体を隈なく抑え込まれ、執拗に咥内を愛撫されれば全身から力が抜けそうになる。
この男が、男相手でもイケるやつだとは知っていた。気付いていた。けれど、俺でもその対象になるということなのか、それとも、ただの嫌がらせなのか、暇つぶしなのか。どちらにせよ好きでもない相手にこんな真似をするのは悪趣味極まりない。
「っ、やめ、ろ……」
口で止めて聞くわけがないと分かっていても懇願せずにはいられなかった。腹部を撫でていた手が、脇腹を辿り胸元に触れる。栫井は体の痣を一瞥し、そして何も言わずに胸を鷲掴みにした。心臓が跳ね上がる。
ぞわぞわとした感触に耐えられず、ソファーに逃げようとするが、背中を抱き込まれ、敵わなかった。
胸の突起を抓られ、堪らず声が漏れそうになる。針を刺すような鋭い痛いに体が仰け反る。栫井を引き離そうとするが、指に挟まれて揉まれ、潰され、引っ張り出される。それだけで、思考がグチャグチャに乱されるのだ。
阿賀松とは違う。絡みつく執拗な愛撫は蛇のように絡みつき、胸の奥底、僅かに込み上げた快感を逃さない。
「っ、ふ……ッく……ぅ……ッ」
唇を噛み、必死に堪える。気持ちいいわけがない、男の平らな胸を触って、何が楽しいのかもわからない。それなのに、玩具みたいに弄られると何も考えられなくなる。受け入れられなくて、目を瞑り、顔を逸らす。
今まで生きてきて、一つわかったことが有る。俺に嫌がらせをする相手は、嫌がる俺の反応を見て楽しんでるのだ。大抵この手の相手は俺が何も反応しないのを見ると、飽きるのだ。
だから、反応しない。無視する。そうすれば、こいつも飽きるはずだ。そう思って、俺は、栫井から手を離す。口を抑え、声を殺す。そうすればこいつも諦めるだろう。無反応の相手を甚振るより詰まらないものはないはずだ。
「……」
栫井の目が、細められた。ほんの一瞬、やつの口元に笑みが浮かんだような気がしたが、それも瞬きした次の瞬間には消えていた。
「……お前、バカだろ」
そう、久し振りに聞いたやつの声は嘲笑を孕んでいた。
どういう意味だ、と聞き返すつもりはなかった。無視する。栫井から目を逸し、天井のタイルの継ぎ目でも見てようかと思った瞬間、上半身を抱き起こされる。胸元に顔を埋めるように抱き締められ、「え」と目を開いた瞬間、散々弄られ尖り始めていたそこにぬるりとした感触が触れる。
舐められてる、と思ったときには遅かった。
「……ッ、……ッ!」
ヌルヌルとした舌先が、乳輪を嬲るように突起物の周囲に這わされる。濡れたそこに吐息がかかり、栫井の髪が掠める度に体が反応する。堪らず栫井の髪を掴みそうになり、拳を作った。反応してはならない。
そう決めたばかりなのに、思いの外動揺した体は俺の意志とは関係なく反応してしまう。
「っ、ふ……ッ」
熱い、熱い、触れられた個所がどこもかしこも火傷してしまいそうなほどの熱を孕む。全身に汗がしっとりと滲み、肌に張り付くシャツが気持ち悪い。
刺激され、勃起したそこに舌先が掠める度に腰に甘い電流が走るようだった。息が漏れそうになり、慌てて掌で口を塞ぐ。
「っ、ん、ぅ……ッふ……ッ」
濡れた音が響く。唇が触れる度に体温が一度ずつ増していくような、そんな錯覚すら覚えた。
栫井の方を見ることはできなかった。
反応しないと決めたばかりなのに、この体たらく。
強烈な快感とは違う、もどかしさにも似た微弱な刺激が感覚器官から流れ込んでくるような、永続的な快感は思いの外精神もろとも蝕んでくる。
栫井は、俺の反応を楽しんでる。抑え込まれた体を口と、指で嬲られる。触れられてる胸だけではなく、下腹部に血液が流れていくのを感じ、酷く恥ずかしくなった。栫井だけには悟られないようにと膝を擦り合わせ、股の間のそれを隠そうとしたときだった。やつの膝が股ぐらに割って入り、強引に足を開かされる。
「っ、……っぁ……!」
「……何隠してんだよ」
「ち、が……っ、これは……」
「違わねえだろ」
膝の頭でぐり、と下腹部を下から押し上げられ、息を飲む。スラックスの下、張り詰めたそこを押し潰されれば、その圧迫感にぞくりと肩が震え上がった。
「ここも」限界まで尖った乳首を両方指で引っ掻かれ、筋肉が硬直する。
「……すげえ勃起してる」
吐息混じりの掠れたその声に、カッと顔が熱くなる。顔だけじゃない、意識ないようにと思うのに言葉で、指先で、足で煽り立てられ、思考がそこでいっぱいになる。
生理現象だと答えたかったが、少しでも口を開ければ声が漏れてしまいそうで、何も言い返すことができない。
顔を上げることも、睨み返すこともできなかった。必死に勃起しないようにと思うのに、栫井の手に関係ない箇所を撫でられただけで体が震える。
「お前、アイツとヤりまくってんだろ。……よくもこんな体で清純ぶれるな」
アイツ、と言われて、阿賀松が浮かんだ。
それは、お前もじゃないのか。なんて言い返すことはできなかった。
模範生徒になるべき立場のくせに、自分の親衛隊を侍らかして、おまけに今度は俺か。よく生徒代表として全校生徒の前に出られる。俺なら無理だ。
下世話な指摘に恥ずかしくて、死にたくなる。反応するな、無視をしろ。平常心を保つのだ。そう言い聞かせるが、心臓の音は加速するばかりで、そのうち爆発してしまいそうだ。
「っ、……生意気」
そう、栫井が吐き捨てたと同時だった。
顔を、口を覆っていた手を引き離される。強引に顔を覗き込まれ、「嫌だ」と咄嗟に顔を反らすが、すぐに後頭部を掴まれ、口を塞がれた。
濡れた舌に舌ごと絡み取られ、吸い付かれ、唾液を流し込まれる。濡れた音が、どちらのものかわからない吐息が混ざり合う中、片手で器用にベルトを緩める栫井にぎょっとする。
「っ、ん、……待ッ……ッ、ぅう……!!」
舌を吸われ、背筋が溶けそうになる。やつの手を止めようとするが、力が入らない。無抵抗でいればいずれ終わるかと思っていたが、こいつ、本気だ。そう分かった瞬間、嫌な焦りと恐怖に支配される。
角度を変え、粘膜同士を擦り合わされた。
見据えるやつの目に自分がどう写ってるのか考えたくもない。
抵抗も虚しく金具が外されたベルトは緩められ、栫井の手は難なく滑り込んでくる。
「っ、ふ……ッ……」
長い指が下着越しに膨らみに触れる。焦らすような手付きが何よりも嫌で、俺は腰を引こうとするが、やつの手から逃れることはできない。暴れる体をソファーのクッションに押し付けられ、膝立ちになったやつは先走りの滲むそこに指を這わせた。
もどかしい。こんな感触、大したことない。そう自分に言い聞かせようとしても、栫井に舌先を甘く噛まれるだけで思考が乱れるのだ。
「や……め……っ」
「……やめない」
下着の中に染み込んだ己の滑った感触を栫井に擦りつけられ、言いようのない不快感が襲いかかる。
強張る体。それを抑え込んだまま、やつは下着越しにそこを揉みしだく。絡みつく指先に緩急付けて執拗に刺激されれば、ぼうっとしていた脳味噌に甘い電流のようなものが走り、堪らず声が漏れそうになる。
「っぅ、……ん……く……ぅ……ッ」
歯を食いしばり、堪える。なんとも無駄な抵抗だと分かっていても、そうしなければ本当にどうにかなってしまいそうだった。腰が、揺れる。下着の中で響く濡れた音は次第に粘着性を増していき、指の腹で全体を柔らかく押し潰すように揉まれれば、視界がチカチカと点滅する。
情けない顔をしていることだろう。
もどかしさのあまり、腰が浮く。それを堪えたいのに、もっと強い、直接的な刺激が欲しくなるのだ。わざと焦らすような真似をしてるとわかっていたのに、堪え性のない自分が嫌になるが自制することができない。
熱に飲まれたぼんやりとした頭の中、知らずのうちに引き剥がそうと栫井の腕を掴んでいた手が縋り付くような形になってしまっていた。けれど、それを離すタイミングを完全に失ってしまう。
「っ、は、っ、……ん、ぅ……ッんん……!」
布を隔ててるにも関わらず、的確に弱いところを刺激してくるその指に直接触れられたら、と考えると生きた心地がしなかった。仰け反る俺に、栫井は目を細める。
薄くなる酸素。先程までみんなと食卓囲んだこの部屋で何をしてるんだと思うと嫌気が指すが、それ以上に、背徳感に溺れそうになるのだ。
気がつけば自身は下着から溢れそうになるほど勃起しており、それは傍目に見てもわかるほどだった。スラックスを膝まで脱がされる。
「っ、見な……いで……ッ」
照明の下、顕になる自分の醜態をまじまじと観察され恥ずかしさと情けなさで泣きそうになる。
栫井は鼻で笑い、そして、問答無用で俺の下着を剥ぎ取った。勃起し、完全に宙を向いたそれが飛び出す。それが恥ずかしくて、隠そうと足を閉じても伸びてきたやつの手に大きく開脚させられ、堪らず「ひっ」と声が漏れた。
「っ、や、嫌だ、栫井……ッ!」
「……この体勢、やばいな。アンタのケツの皺まで見えそうだ」
「ッ、な……!」
笑う栫井にぎょっとした。咄嗟にシャツの裾を下ろし、足を閉じようとするが、栫井が俺の腿を掴み、腰ごと持ち抱える方が早かった。
頭がソファーに落ちる。自分の眼前に人の下腹部を持ってこさせる栫井に恥ずかしさとかそんなもの通り越して恐怖すら覚えたが、そこで終わればまだましだった。
下腹部に吐息が掛かり、慌てて顔を上げた俺は、べ、と舌を出した栫井を見て、青褪める。
「待っ、待って、嘘、やめ、嫌だ、栫井……ッ!」
嘘だろ、と思った次の瞬間、躊躇なく普段隠されたそこに這わされる濡れそぼった熱い肉の感触にぞぞぞと全身が震える。
栫井に、舐められてる。嘘だろ、こいつ。血の気が引いた。正気を疑った。けれど、それ以上に、普段ならば意識しないようなそこをまるで性器のように指で広げられ、窄めた舌先で穿るように舌で愛撫されれば、全身が固くなる。熱くなる。気持ち悪くて、嫌悪感が勝る。
「や、だ……嫌だ、やめ……ッ!」
声が裏返る。強張ったそこを指で広げられ、内壁を嬲られる。直接垂らされる唾液を擦り付けるように舌で摩擦されれば、耳障りな水音とともに内側から溶けるような熱が触れ、総毛立つ。
「い、やだ……ぁ……ッ」
挿入されることだって嫌なのに、こんな体勢、おまけに舐められる事実が受け入れられない。抱え込まれた足をばたつかせようにも力が抜けていく。目を開ければいやでも視界に入ってしまい、必死に目を瞑った。
けれど、指とも性器とも違う、太く、濡れた舌先を意識しないということはできなかった。
腹の奥に力が入り、汗が滲む。腰が震える。無茶な体勢をさせられてると分かっても、痛みよりも恥ずかしさが勝った。
「やめ、栫井……ッ、ごめん、ごめんなさい、も、やめ……て……お願い……だから……っ」
「……その割に良さそうじゃん。……何?あんたの彼氏はここまではしてくんなかった?」
「ッ、ひ……っ」
「……確かにアイツ、他人にするのは嫌いそうだもんな」
そう笑ったとき、吹き掛かる吐息に、その感触に腰が震える。
こんな経験、早々遭ってたまるかとか、彼氏って誰だよ、とか、色々言いたいことはあったけど、唾液で濡れ、舌で抉じ開けられたそこに指が入ってきて、思考も全部吹き飛んでしまう。
「っ、ん、ぅ、ひ……ッ」
「力み過ぎ。……力抜けよ」
こんな状況で抜けるわけがない、冗談じゃない。
括約筋を押し拡げるように中で指を動かされ、声を圧し殺すことで精一杯だった。汗が止まらない。痛いというよりも、苦しい。
二本の指に左右に押し広げられたそこに唾液を垂らされ、濡れそぼった肛門を更に奥へと指で塗り込まれる。呼吸が浅くなる。この異物感に慣れる日は一生来ないだろう、来なくていい。
血液が集中し、パンパンに腫れ上がった下腹部は最早痛くすらあった。苦しくて、それでも、自分で触るような真似はしたくない。ここまできても萎える気配がないことが恥ずかしくて、受け入れられない。
「っ、……ッ、ぅ……や、抜い……て……」
浅い位置で指を出し入れされれば、腰がぴくりと揺れる。内側から擦られる度に脳髄が痺れ、息が漏れた。気持ち悪い。嫌だ。なんで俺ばっかりこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
それも、こんなやつに。
「……そんなに俺とすんのは嫌かよ」
「……ッ、……」
どの口で言うんだ。嫌味だと分かっていた。それでも、口元を緩め、嫌な笑みを浮かべるやつに頭に血が昇りそうになる。
俺が言い返せないと分かってて、やつは笑い、そして「なら」とブレザーの内ポケットに手を突っ込む。そして、その指先には数本のペンが挟まっていた。
「……お前みたいな尻軽にはこれで十分だよな」
嗜虐的な目に、笑みに、金属製特有の鈍い光を反射させる尖ったペンに、目の前が真っ暗になる。
他人の体温は生々しくて厭だと思っていたが、無機物は、それ以上かもしれない。ひやりとした無機物特有の冷たさはあっという間に自分の熱を飲み込み、馴染む。それが余計嫌で仕方なかった。
「ッ、ぁ゛、いッ、ぐぅ……ッ!」
一本目はまだよかった。痛みよりも羞恥心、それ以上の屈辱でいっぱいいっぱいだったのだが、二本目、三本目となるにつれ、腹の中で無機物同士が擦れる感触が、ペンの頭が内壁に掠める都度生じる痛みがより鮮明に伝わるようになる。
自分の中に何本のペンが入っているのか確認するのも怖かった。俺の反応があまりにも面白かったのか、栫井はテーブルの上に置いたままになっていたペンケースからバラバラとペンを取り出し、俺の腹の上に落としていく。
そして、先程までとは非に成らないほど太いマーカーを掴み、それを俺の眼前に突きつける。
「……そろそろ太いやつが恋しいんじゃねえの? これとか、どうよ。……まだ物足りない?」
「っ、嫌だ……や、嘘……だろ……っ」
「嘘じゃねえよ。いつも咥えてるもんに比べりゃ、余裕だろ、こんなもの」
そう、べろりと舌を這わせる栫井に血の気が引いた。
既に複数捩じ込まれ、強引に押し広げられられていたそこに充てがわれる太いキャップ部分。角ばったそこが僅かな隙間に引っかかるようにしてぐっと頭を捩じ込まれれば、圧迫感に息が詰まりそうになる。
「ぁ、……あ……ぁ、あ…………ッ」
みちみちと括約筋が押し広げられるのが分かった。声が震える、自分の体に入っていくのが視界に入り込み、怖くて震えそうなのに、目が逸らせなくて。乾いた唇を舐めるように舌を這わせた栫井は、目を細め、そして躊躇なくそのペンの尻を押した。
瞬間、ズッと音を立て、体の奥にマーカーペンが入り込んでくる。内壁を摩擦された瞬間、頭の中が真っ白になる。
「……わりと入るもんだな」
「っ、嫌だ、抜いッ、抜いて、ごめん、お願いだから、も……ッ」
「嫌だ」
束になったペンを思いっきり引かれたかと思えば、栫井は躊躇いなくそれを再び奥まで捩じ込まれる。
体が、思考が追いつかない。痛みと圧迫感に耐えきれず、硬直する俺に、栫井はペンを束ねたまま、円を描くように中をかき回した。瞬間、内側から内臓をグチャグチャにされるような感覚に、汗がぶわりと吹き出す。
「や、やめ、動かさな……で……ッ」
「聞こえねえよ」
「っ、ぎ、ひッ」
楽しむように再びペンの束で中を掻き混ぜられる。愛撫と呼ぶよりも、甚振ると言った方が適切だろう。乱雑に中を刺激され不快感の方が強いのに、散々焦らされた末、求めていた内部への直接的な刺激に反応してしまうのだ。
「っ、ぅ、ぐッ……ぅ、く……ッ!」
「……つか、なんで萎えねえの? ……尻軽の上に糞マゾとか、ドン引きなんだけど」
「っ、や、違……ッ!」
「違わねえだろ」
吐き捨てられた言葉と同時に、思いっきり尻を抓られ、下腹部に熱のような痛みが走る。「ヒッ」と自分のものとは思えない高い悲鳴が漏れ、咄嗟に口元を抑えるが、遅かった。冷めきった栫井の目、それとは裏腹に、やつの下腹部は俺から見ても分かるくらい勃起していて。
――俺が尻軽糞マゾっていうなら、お前はなんなんなんだよ。
「っ、ん、ぐ、ひッ、ィ、ぎ……!」
「……俺に突っ込まれるよりこれのが良いって言ったのはアンタだもんな、さぞ、気持ちいいんだろ? ……なぁ、齋藤」
「ぅ、ごッ、かさな、ッ、ぁ゛、嫌ッ、痛、ゥ」
「おい……なに汁垂らしてんだよ、ソファー汚れるだろうが」
「ぁ、ひィ……ッ!」
ガポガポ出し入れされ、耐えられずに垂れる先走りを見た栫井の目の色が変わる。臍に当たりそうなくらい反り返ったそこを握り込まれ、ビクンと腰が跳ね上がった。握り込まれた恐怖に震える。先端、その尿道口にペン先を付きたてられ、全身が震え上がった。
「……ここにも栓してやんねえと我慢できねえの?」
声も出なかった。笑みが消えた栫井に、恐怖だけが膨れ上がった。その『痛み』を脳裏に描いてしまったせいで、玉が縮み込むのが分かる。こいつなら、本気でやりかねない。冷徹な目をしたこいつを見てきたおかげで、洒落では済まないことは分かっていた。
声が出なかった。しない、しません、と首を何度も横に振れば、栫井は歪んだ笑みを浮かべるのだ。
無造作に伸びた前髪から覗く薄暗く冷たい瞳は、爬虫類を想起させる。それを見て、俺は自分の選択を後悔した。
栫井という男がわからない。俺と同じ二年生でありながら生徒会の副会長でもある。
かと言って真面目で品行方正かと言われれば、小首を傾げる部分もある。喫煙、不純交友、サボリ、そして問題児である阿賀松との繋がりもある。
おまけに、好きでもない、寧ろ嫌っているであろう男のケツの穴も平気で舐めるほどの好色家。というよりも、性悪と言うべきか。
昼間は寝起きのようなぼけっとした雰囲気のくせに、性行為時のこいつは他人が嫌がると楽しそうに笑う。シラフのときではピクリとも笑わない表情筋が死んだようなやつのくせにだ。
会長が連絡くるまでの暇潰しなのだろう。こいつにとっては、人の自尊心も踏み躙って嬲ることすらも暇潰しなのだから恐れ入る。
『ソファーを汚すな』
そう、無茶苦茶なことを言い出す栫井により勃起した性器をヘアゴムで根本から縛られる。勿論そんなことされれば普通でいられるはずがない。限界まで勃起し、今すぐにでも射精したかったそこはゴムに邪魔をされ、行き場を失って腹の中をぐるぐると彷徨うのだ。
熱した鉛のような快感を吐き出すことができないのは苦痛に等しい。充血したそこからは色のない先走りがとろとろと溢れ、俺は、それがソファーを汚さないようにご丁寧に内腿をくっつけて足を閉じて座り、やつの前に佇んでいた。
挿入しない代わりに口でしろ。
自分が射精しない限りゴムを外さない。そんなことを栫井が言い出したときには目の前が真っ暗になった。
ケツの異物を抜いてもらえぬまま手首を後ろ手に拘束された俺は栫井の言いなりになるしかなかった。根本深くまで刺さったそれらの異物はちょっと力んだだけでは抜け落ちることもない。栫井から見る俺の姿はさぞ滑稽に違いない。
プライドなんてない、あるだけ辛くなると思っていたが、思いの外俺にはそういった類の感情が残っていたようだ。
恥しかない不毛な行為。それでも、この苦痛からいち早く抜け出したかった。
言われるがままにやつの性器に舌を這わせる。初めてではないにしろ、男のモノを咥えるなんて経験二度としたくないと思っていた。
口いっぱいに広がる特有の匂いと味を意識しないように口で呼吸する。目を開けることも憚れた。けれど、手が使えないとなると上手くできない。
薄く目を開け、反り返った裏スジに舌を這わせる。
屈辱的ではあるが、以前阿賀松に男性器の愛撫のやり方を教えてもらったのが今ここで発揮する羽目になるとは思わなかった。
「……ふーん」
犬みたいにペロペロ舐める俺を見下ろし、栫井は目を細める。もう少しわかりやすい反応してくれた方がいいのだが、これはあまり気持ちよくないということなのだろうか。
少し腰を上げて体勢を取り直そうとすれば、腹の中で異物が擦れ合い、全身に力が籠もる。唾液を絡めた舌で根本から亀頭部分に掛けて舌先でなぞれば、反応が薄かった栫井の表情が僅かに引きつる。
気持ちいいのだろうか、わからない、わかりたくもないが、俺はなるべく意識を逸しながら、カリの凹凸部分に舌を這わせた。……舌の上でやつが反応するのが分かった。
「ッ、ふ……」
笑ったのか、と思ったが、そうではないらしい。息を吐いた栫井は、髪を掻き上げる。普通の人よりも生白い肌は体温が上がるとすぐ赤みが差すようだ。
……そんな情報、未来永劫知りたくもなかったが。
「集中しろ」
目を細めた栫井はそう、俺の後頭部を掴み、自分の下腹部に抱き寄せる。俺は慌てて体勢を立て直し、それから言われるがままに勃起したそれを再び舐める。
咥えるのは、怖かった。阿賀松に喉奥を犯されたとき、本気で喉が潰れると思ったあの恐怖があったからだ。
だから口には含まず、舌でやり過ごそうと思うが、これもこれで顎が痛くなる。
どれ程の時間が経ったのだろうか。不意に、バイブレーションが響く。発信源は栫井のポケットからだ。少しだけ反応した栫井は、躊躇いもなく携帯を取り出し、そして着信に対応する。
「……はい」
まさかこの状況で出るのか。
躊躇いもない栫井に動転し、思わず動きを止めれば、栫井は俺の顎を掴み、自分の唇を舐める。続けろ、そうやつの目は言っていた。
笑えない冗談だ。電話中にこんなことをして、よくも萎えずにいられるものだ。
色々込み上げてくるものをぐっと堪え、舌を出す。
再度犬みたいな格好で裏スジに舌を這わせた。
尿道口からは半透明な液体が溢れ、先端部分を濡らす。照明に照らされ、反射する肉の色が生々しくて嫌だった。
「あいつが?……わかりました」
敬語、ということは、電話の先は芳川会長か、五味か。流れからして会長だとは思うが、それでもよくもこの状況で素知らぬ顔で通話できたものだ。
ここで俺が助けて、と叫べば会長は助けてくれるのかもしれない。そんな思考が過ったが、こんな姿を会長に見られたくないのも本音だ。
俺は、なるべく音を立てないようにして亀頭を咥え口の中で尿道口に舌を這わせる。唾液と先走りが混じり、口の中で粘り気のある音が響いた。
「……っ、それじゃ……失礼します」
微かに、栫井の声が乱れた。
そう思ったのもつかの間、すぐに栫井は通話を終了させる。それを制服のポケットに仕舞った栫井は、俺の方を見る。
「……灘が今からここへ来る」
「っ、ん、ぇ」
「早く済ませろ」
灘が来ることにも驚いたが、それよりもまだ続けるという栫井にも驚いた。嘘だろ、と思わずやつを見上げたが、その目は本気だ。
……確かにこの状況で生殺しほど辛いことはないが、だからといって、それは。
そう躊躇っていると、伸びてきた手に後頭部を抑え付けられる。瞬間、パンパンに勃起したそれが喉の奥まで侵入してきて、息苦しさと不意打ちに思わずえずきそうになるが、栫井はお構いなしだ。
「……お前が動く気ねえなら、勝手にやらせてもらうけど?」
嫌な想像して、汗が流れる。
あんな苦しい思いはしたくない。俺は否定する代わりに、そのままもごもごと口の中で舌を這わせる。栫井は俺の意志を汲み取ったらしい、何も言わずに俺を見下ろしていた。
ともだちにシェアしよう!