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05

 そして、阿佐美の部屋。  広いそのその部屋は既に阿佐美の私物であるパソコンやゲーム機などが配置され、部屋の至るところにはまだ開けられていないダンボールが乱雑に積まれていた  そして部屋の中央、そこに置かれたソファーに腰を下す俺と安久と縁。その向かい側、床の上で胡座を掻く仁科に、体操座りをする阿佐美。ソファーの背凭れの後ろには灘が立っていた。全員床の上に座ればいいものの、なんだこの歪な包囲網は。というか普通に話し辛い。 「おー、さっきよりは大分部屋っぽくなったじゃん。でも外にもまだダンボールあるけど全部入るのか?」 「大丈夫だよ、二人部屋のときから置けたんだから」  それでも相当物が多すぎて散らかっていた気もするが、阿佐美がいいのならいいのかもしれない。……というか、なんだろうかこの状況は。本当は阿佐美と二人で話したかったが……難しそうだ。 「あの、そう言えばなんで先輩たちが詩織の手伝いに……?」 「あー……っと、俺は、まあ、阿賀松さんに『詩織を手伝ってくれ』って頼まれたから手伝いに来たんだけど」 「僕も」 「俺は楽しそうだったからついてきただけ。それと、齋藤君に会えるような気がしたからかな」  上から仁科、安久、縁。阿賀松が関わってる可能性は高いと思っていたが、やはりそういうことのようだ。……縁についてはもう言うこともない。 「……本当はあっちゃんに頼んだんだけど、用事があるとか言って逃げられちゃって」  阿佐美の言葉にハッとする。用事があるって、もしかしてそれ、俺とのことじゃないだろうな。……だとしたら、申し訳ない。 「……でも、よくここがわかったね。……先生に聞いたの?」 「うん……」 「なんか、手間掛けさせたみたいでごめんね。ゆうき君に一言も言わなかったのは……その、反省してる。ごめんなさい」 「……なら」  また戻ってこないのか。俺がそう口を開こうとするよりも先に、阿佐美が「でも」と強い口調で続けたのだ。 「悪いけど、あの部屋には戻れない」  ハッキリとした口調で阿佐美はそう告げた。  静まり返った室内に響いた阿佐美の声は、今までで一番冷たかった。  なんで。そんな。  理由はわかってる。……俺のせいだ。だからこそ余計遣る瀬無くて、言葉が出なかった 「……志摩の言ったこと、気にしてるの?」 「……それは……」 「志摩のことなら、詩織は気にしなくていいから。だから、その……」  あの部屋に戻ってきてくれないのか。そう続けようとして、俺は開いた口を閉じる。黙り込む阿佐美に、それを強要することができないと悟ったからだ。  とうとう言葉は途切れる。俯く俺に、詩織はただ一言「ごめん」とだけ口にした。  阿佐美は何も悪くないのに。原因は志摩だ、もっと言うなら、志摩とちゃんと仲直りできなかった俺のせいだ。 「……わかった」 「ゆうき君……」 「それだけ聞きたかったんだ。ごめん、いきなり部屋に押し掛けて」 「……」 「……本当に、ごめん」  俺、阿佐美に迷惑かけてばかりだ。  ちゃんと志摩と話し合えば分かるかもしれない。そう思っていたが、それはもう不可能だろう。阿佐美の気遣いとその行動に甘えることしかできない自分が歯がゆい。  もっとちゃんと謝らないと。そう思うが、言葉を押し出そうとしても胸の奥が苦しくて、何もでなかった。 「ゆうき君……」 「あーらら、阿佐美も罪作りだねえ」  そんな中、縁の明るい声が響いた。 「……方人さん」 「ちょっと、あんた黙ってろよ。空気読めないなあホント」  困惑する阿佐美。呆れた顔の安久はイラついたように縁を睨んだ。そんな二人の視線など気にせず立ち上がった俺はそのまま俺に視線を流すのだ。 「なんかよくわかんねえけど、一人が寂しかったらいつでも俺んところに来ていいからね」 「え、ええ……あの……」 「信じらんない、どうしたらそんなことすらすら言えるわけ?僕の隣でホモらないでよ。本当信じられない」 「妬くなよ安久、齋藤君は俺が先に目をつけたんだからな」 「よく言うよ、それ何人に言ってんだよ」 「あんなやつの言うこと聞かなくていいからね、齋藤君。四四四号室、俺の部屋だよ。暇なとき遊びにおいで」 「ま、方人さん……」 「あ……ありがとうございます……」  縁なりに励ましてくれているのだろうか。そう思うが、やはりどことなく胡散臭さが拭えないのは志摩のこともあるからだろう。未だによくわからない人だ。けれど今は、その気遣いにも縋りたい気持ちだった。 「……ごめんね、長居して。俺達はそろそろ戻るよ」 「手伝い、なにもできなくてごめんね」阿佐美も阿佐美で俺といることは避けたいはずだ。それでも、こうしてちゃんと話してくれる。それだけでも俺にとってはありがたい。素直に喜べないのが本音だが。  阿佐美は「じゃあね」とだけ口にする。俺と灘はそのまま阿佐美の部屋を後にした。  学生寮、三階。 「よかったんですか」  阿佐美たちと別れ、自室へと帰る途中。  先程まで黙っていた灘が口を開いた。なにが、というのは言わなくてもわかった。阿佐美のことを言ってるのだろう。 「……よくはないけど、これ以上詩織に我儘言えないよ」 「そうですか」  そして再び沈黙が流れる。今だけは、灘が一緒にいてくれてよかったと思えた。じゃないと、俺は自己嫌悪のあまりまともではいられなかっただろう。  ……まさかこんな形で自分が一人部屋になるなんて思ってもいなかった。一人部屋が羨ましいなんて思っていたときもあったが、こんなことになるくらいなら相部屋のままがよかったとすら思える。今更そんなことを言ったあとの祭りだ。  正直、まともに阿佐美と話すことができなかったのは志摩や、あの場にいた第三者のせいだけではないとわかっていた。もっと俺が粘っていれば阿佐美は考え直してくれたのかもしれない。それでもやっぱり、阿佐美に拒否されるのが怖くてあれ以上強く言えなかった。  ……そもそもあのとき俺と阿佐美の二人きりだったとしても俺はちゃんと阿佐美を説得することができたのかどうかすら怪しい。  考えれば考えるほど気が滅入る。歩き進める足すら鉛のように重く感じた。  そんなときだ。灘が不意に立ち止まる。「失礼」と断りを入れ、灘は携帯を取り出した。そして、なにやら操作していた灘は「齋籐君」とこちらを見る。 「会長が戻ってきました」 「はい……って、え?」 「これから会長を迎えにいきます。エレベーター乗り場へ向かってください」 「え、い、今から……?」 「はい」  あまりにも急すぎる。というか拒否権はないのか。  しかしなんで急に、と思ったがもしかして、さっき俺が芳川会長のことを聞いたときに連絡を取っておいてくれたのだろうか。有り難いが、強引だ。さっさとエレベーター前まで歩いていく灘に遅れを取らないよう慌ててその背中を追いかけた。  まさかこんなに早く芳川会長と会えるとは思いもしなかったが、正直タイミングが悪い。俺はどんな顔して会長と会えばいいのだろうか。それも、要件の内容が内容だ。益々気が沈む。  そして学生寮、玄関ホール。  たくさんの生徒たちが出入りするその扉前、そこには見慣れない生徒となにやら話し込んでいる芳川会長がいた。どうやらその生徒は学園祭の実行委員のようだ。 「会長」と灘が声をかければ、芳川会長はこちらに目を向ける。 「ああ、すまない。待たせたな。……俺に用があったのだろう?齋藤君」 「あ、その……」 「ええ、齋藤君が会長に用が」  口ごもる俺の横から口を挟む灘。なんで普段は静かなのにこういうときばかり喋るのだろうか。有り難いが、有り難くない。 「ああ、えっと……その……実は話したいことがあって」  阿賀松先輩のことです、と俺は芳川会長にだけ聞こえる声量でそっと告げれば、その固有名詞で全てを察したようだ。先程まで柔らかかったその表情が引き締まる。そして。 「……場所、変えるか。俺の部屋までいいか?」  俺としてもそちらの方が有り難い。小さく頷き返せば、芳川会長は「灘」と俺の隣の灘に声をかけた。 「……わかりました。なにかあればご連絡ください」  名前を呼ばれただけなのに、会長の言わんとしたことを理解したようだ。あれほど俺から離れようとしなかった灘は、会長の一言であっさりと帰るのだ。 「それじゃあ、移動するぞ」 「は……はい」  さり気なく肩に触れる手に内心ドキリとしながらも、俺は芳川会長に背中を押されるようにしてエレベーターへと乗り込む。移動中周りの視線が痛かった。周りから俺達はどんな風に見られてるのだろうか、それを知るのはあまりにも勇気が要る。  学生寮、四階。芳川会長の部屋の前。 「入れ」  扉を開く芳川会長に促され、俺は「失礼します」と慌てて頭を下げた。緊張しないわけがなかった。  片付けられた部屋の中、俺の後に続くように部屋へ上がる芳川会長に「適当に座ってくれ」と声をかけられる。  適当に、と言われても。長居するつもりはなかったのだけれど、芳川会長に言われてまで突っ立ってるのも変な気がして俺はおずおずとソファーに座る。 「なにか飲むか?」 「い……いえ、お気遣いなく……」 「遠慮しなくてもいいんだぞ」  遠慮、しなくてもいいと言われてもだ。そっちの方が難しい。けれど会長も無理強いはしない。俺と会長は向かい合うようにソファーに腰を下ろす。  気まずい、というか、これから会長に告げないとならない内容を考えるとただ生きた心地がしなかった。 「それで、阿賀松からなにを言われたんだ?」  きた、この質問だ。黙っていては何も始まらない。  そうわかっているが、頭で理解できていても、これから会長に言わなければならない内容は会長にとっても快いものではないはずだ。 「あの、実は……その……」 「ゆっくりでいい、時間はある」 「は、はい……ありがとう、ございます……」  おまけに気を遣わせてしまうなんて、余計恥ずかしい。  俺は会長に宥められるがまま深呼吸を繰り返した。  よし、こういうのはスパッと言ってスパッと伝えた方が傷が浅いはずだ。緊張を落ち着かせ、息をもう一度吸う。 「その、阿賀松先輩は……その……会長と……や……しろ、と」 「しろ? なにをだ」 「せっ………………せっくすを、です」  ただでさえ静まり返った空間に冷たい空気が流れる。  芳川会長の反応が恐ろしくてまともに顔を上げられない俺に、芳川会長は何も言わない。時計の針が刻む音だけがただ静かな部屋の中に響く。そして。 「……暑いな」 「え?」 「やはり飲み物を用意した方がよさそうだ。待ってろ」  そう、会長は立ち上がる。すみません、と答える俺の声まで上擦ってしまう。会長は表面上変わらないが、……まさかセックスの意味が分かってないとかないよな。真面目な人だから余計そんな心配まで覚えたが、いや、まさか。俺だって知ってるくらいだ。まさか……。  そんなことを考えると、二人分のグラスを手にした会長が戻ってきた。 「……すまない、お茶しかなかったがよかったか?」 「あっ……はい、大丈夫ですありがとうございます……っ!」  目の前に置かれたグラスを受け取る。俺は顔の熱を誤魔化すように中のお茶を喉に押し込む。  芳川会長は向かい側のソファーに再び腰を下ろした。そして、同様グラスに口を付ける。 「……あいつ、そんなことを君に強要したのか」  本題に戻る。会長の言葉に、内心ぎくりとした。余計なことまで思い出してしまい、顔に熱が集まった。こくりと恐る恐る頷き返せば、会長は「神経を疑うな」と心底軽蔑したような目で吐き捨てるのだ。 「……それで、言われたのはそれだけか?」 「い、いえ……その……」 「君が恥と感じる必要はない。俺に対してもだ。……軽蔑すべきはあの男だ、だから、正直にすべて言え」  真っ直ぐな目で見据えられれば、嫌でも心臓が反応してしまう。そうだ、俺が恥ずかしがってる場合ではない。会長まで巻き込んでいるのだ。ぐ、と膝の上の拳を握り締める。わかりました、と。俺は阿賀松から言われた内容を芳川会長に伝える。黙って聞いてくれる会長だが、俺からしてみれば拷問同然だ。途中声が震えたが、会長は笑わずに最後まで真剣に聞いてくれた。それが救いだった。 「……なるほどな。あながち、生徒会室になにかを仕掛けて最中の様子を証拠として残すつもりなのだろう」 「……証拠?」 「俺と君が……その、性交渉を行った証拠を、だ」 「それだけあれば、俺も、君も相応の処分を食らうことになるだろう。最悪、退学になる可能性だってある」淡々とした調子で続ける芳川会長だったが、その顔には不快感がありありと現れていた。  ――退学処分。  阿賀松は俺を使って会長を失脚どころか学園から追放するつもりだというのか。それも、こんな卑怯な真似をして。  血の気が引いた。会長の口から聞くことでより一層自分の立場が笑えないことに気付いた。  阿賀松の言いなりになれば俺も会長も退学だ。けれど、期限を守れなければ俺だけの被害で済む。学校に居られなくなるほどの恥ずかしいこと。想像しただけで寒気がした。 「やっぱり、俺、会長に迷惑を掛けれません……っやっぱり、俺が……」 「大丈夫だ、そんな深刻に考えなくてもいい」  我慢します、と言い掛けたとき。会長に言葉を遮られた。  会長の言葉は力強く、そして、俺の心を揺さぶるのだ。けど、実際問題これは深刻な状況である。まるで俺一人が焦ってるみたいで、余計不安になった。 「でも、会長……どうすれば」 「簡単なことだ。阿賀松の気の済むようにさせればいい」 「気の済むって……どういう……」 「恋人の件と同じだ。フリをするんだ」 「……フリ?」 「あいつのことだ。どうせ生徒会室になにか仕掛けてくるはずだ。カメラなり、盗聴器なりな。だからそれを全て取り除く」 「それらしい証拠を残さない状態にした上で、俺と君が性交渉したということにしたらいい」あまりにも当たり前のように会長は言ってのけるのだ。確かに、それが一番被害が少ない。けれど。 「……そんなことできるんですか?」 「ああ、当たり前だ。生徒会室は俺のテリトリーだからな」  そう、会長はここにきて初めての笑みを浮かべた。  余程自信があるのか、なかなか悪どい笑顔だった。 「そういえば、前に君は栫井と阿賀松がどうとか言っていたな」 「はい……それがどうしたんですか?」 「再確認だ。気にするな」  そう、指で顎を擦り、芳川会長は笑みを深めた。  芳川会長が副会長二名と揉めていることを思い出し、内心ギクリとしたが恐ろしくてそれ以上のことは聞けなかった。 「期限は今週だったか。じゃあ、明後日でいいな」 「え、明後日……?」 「恐らく結構日前日にやつがなにかしら生徒会室に仕掛けるつもりなのだろう。面倒はさっさと片付けたい。あの男に明後日だと伝えておけ」 「ま、待ってください……明後日って……」  学園祭当日だ。会長だって生徒会の仕事があるはずだ。 「いいんですか?」と恐る恐る尋ねれば会長は「ああ」と頷いた。 「まあ暇ではないが、だからといって死ぬほど忙しいというわけでもない」 「わ、わかりました……すみません」 「気にするな。言っただろう。乗りかかった船には最後まで付き合うつもりだ」 「っ、会長……」 「詳しい時間帯とかは当日でいいだろうか。いまのところ、自由に行動できる時間があやふやでな、ハッキリとしたことが言えないんだ」 「大丈夫です」と慌てて答えれば、会長は「ありがとう、助かるよ」と微笑んだ。ありがとうはこちらのセリフだというのにだ。 「あの、こちらこそ、色々……ありがとうございます」 「困ったときはお互い様だろう? それに君は被害者だ。……そんなに畏まらないでくれ」  不安要素が全くないわけではない。それでも、この部屋に来るまでとはまるで気持ちが違った。芳川会長がいなければこうはいかなかっただろう。  それから「部屋まで送る」という芳川会長に自室まで送ってもらうことになった。 「それじゃあ、おやすみ。ゆっくり休めよ」 「……はい、わざわざありがとうございます」 「付き合ってるんだからこれくらい普通だ」  それじゃあな、と会長に頭を撫でられ、ドキリとした。……これも恋人らしさを演出する演技だとわかってても、心臓に悪い。  立ち去る会長の背中を見送り、俺も自室へと入った。結局食事どころじゃなくて何も食べていなかったが、ひとまず阿賀松の一件については会長の協力のお陰でどうにかなりそうだ。そう安心したら一気に空腹がやってきて。  俺はカバンの中に今朝灘から貰った惣菜パンそのまんまになっていたことを思い出した。  明日に備え、俺は軽い晩飯を取って早めに休むことにした。一人の部屋はやはり広すぎる。

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