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03

 志摩は、俺の味方だと言った。志摩の言動行動は全て俺のためなのだと。  確かに、何度も志摩には助けられたのも事実だ。  でももしも、志摩の言うことを信じるならば阿佐美も俺の害になるということじゃないか。  確かに、阿賀松たちと仲がいいのは驚いたが、だからといってそれだけであんなことするなんて。  考えれば考えるほどどれが本当でどれが嘘なのかわからなくなる。  ……やめよう。これ以上志摩のことを考えても到底理解できるとは思えない。  ……これからどうしようか。教室に戻ったところで作業の邪魔になるだろう。  あまり一人にはなるなと言われていたが、阿賀松だって目的のときまでは下手にちょっかい出すとは思わなかった。……あくまでも希望的観測ではあるけれども。   どこか、人の邪魔にならずにゆっくりできる場所はないだろうか。ふと、脳裏にとある場所が浮かんだ。  ……保健室なら、少しは休めそうだ。せめて、次の休み時間の間休ませてもらおう。仮病だとバレたときは、そのときはまた考えたらいい。  空き教室を出て保健室へと向かうと途中の通路。曲がり角からぬっと現れた長身の影にぶつかりそつになり、咄嗟に身を引いた。  ごめんなさい、とつい口にしたときだった。伸びてきた手に強く肩を掴まれた。そして。 「……おい」  頭上から落ちてきたのは不機嫌そうな聞き覚えのある声。顔を上げれば、そこには栫井が立っていた。それだけでも冷たい汗が滲んだのだが、よく見ずとも栫井の顔色が悪いことに気付く。 「栫井……?」 「……体貸せ」 「………………え?」  大丈夫か、と尋ねるよりも先に、とんでもないことを言い出す栫井に何事かと言葉に詰まった。そのまま凭れてくる栫井に押し潰されそうになりながら「栫井」と慌てて支えようとしたとき。 「……お前のせいで気分が悪くなった。保健室まで運べ」  なんだ、肩を貸せという意味か。ほっと安堵するのも束の間のことだ。 「保健室って、どうして」 「気分が悪いって言ってんだろ。早くしろ」 「わ、わかった……わかったよ」  確かに具合は悪そうだけど……。正直、俺でいいのかという疑問はあった。普段の栫井なら俺に助けを求めるなんてこと考えられないのに。 「……保健室までで良いんだよね」  栫井の腕を肩に掛け、抱える。栫井は俺に体を預けたまま「ああ」と掠れた声で応えた。  ……確かに触れた体は熱を持っている。相変わらずの態度ではあるが、気掛かりだ。俺はなるべく急いで栫井を保健室へと連れて行く。  ◆ ◆ ◆  ――学園、保健室前。 「……失礼します」  意識はあるのだろうが益々大人しくなっていく栫井を背負ったまま、俺は保健室の扉を開いた。  中には教諭の姿は見当たらない。  俺は栫井を空いたベッドへと取り敢えず座らせることにした。 「先生いないみたいだけど……大丈夫?」 「……保健委員は」 「えっと……見たところいなさそうだね」 「湿布、持ってきて」 「え、俺が? い……いいのかな、そんな勝手に持ってきて」 「いいからさっさとしろ」 「わ、わかった……わかったから……」  湿布の形くらいは見たら分かるはずだ。怒られたらどうしようという不安の中、俺はカーテンを閉め、薬品が並ぶ棚へと近付いた。その中に外用薬が並ぶのを見つけた。そして、あった。湿布だ。  なんで湿布が必要なのか気になったが、これを持っていち早く栫井に届けようと踵を返そうとしたときだった。保健室の扉ががらりと開いた。そして現れたのは柄の悪い生徒たちだ。  阿賀松ほどではないが、それでも数人で固まって入ってきた生徒たちに内心ぎくりとした。  一瞬、連中の笑い声が止んだがすぐにまた話しながら客用のソファーに腰を掛けるのだ。 「なあ、おいあいつって」「ああ、本人だろ」と声が聞こえてくる。自意識過剰だと思いたかった。今すぐその場からいなくなりたくて、そのままベッドへと向かおうとしたときだ。 「ねえ君ってあれだよね。確か、齋籐佑樹君」  不意に、背後から声をかけられる。  振り返れば、そこには一人の不良生徒がいた。他の仲間らしき生徒たちが遠巻きにニヤニヤとこちらを見ている。 「……そう、ですけど。なにか」 「君ってさあ、生徒会長と付き合ってるんだろ?やっぱセックスとかしてんの?」  生徒の言葉に、俺は持っていた湿布の箱を落としそうになった。  その背後では、仲間の生徒たちが可笑しそうに笑っている。確実に、からかわれている。そう分かっただけに顔がカッと熱くなった。……最悪だ。 「俺は、別に」 「会長ってちんこでかいの? いっつもしゃぶってるんだろ、俺にも教えてよ」  そういうのじゃないんで。  そう続けようとして、次々と生徒の口から出てくる下世話な質問責めに息が詰まりそうになる。  付き合っていないと言えたら一番いいのだが、栫井もいるこの状況で下手な発言は控えたい。  こういうタイプは、無視するのが一番いいと知っていた。じっと耐えていたら俺に飽き、興味も失せてはさっさと別の標的を見つける。けれど、会長のことまで言われるのは耐え難い。  俺の、俺のせいで会長まで一部の生徒たちの恰好のネタにされているという事実を目の当たりにしたショックで俺は何も言えなかった。 「おい、無視すんなって」  嫌だ。聞きたくない。そう逃げようとすれば、いきなり腕を掴まれる。 「っ、離し……」  離して下さい。そう、声を上げようとしたときだった。丁度目の前のベッドスペース、そこを仕切るカーテンの隙間から腕がぬっと生えてくる。それだけでもぎょっとしたのに、骨太な筋肉質な腕はそのまま俺を捕まえようとしていた不良生徒の腕を捉えたのだ。 「っ、な……」 「あー……一つ目の質問、俺のがでかい。二つ目の質問、そいつの口は俺専用。因みにすっげー下手くそだから自分で抜いた方が早い」 「んで、他に質問はぁ? 今なら俺が答えてやるけど?」欠伸混じり、いかにも寝起きですといった顔でカーテンの隙間から現れた赤い髪の長身の男は首をコキコキと鳴らしながら笑いかけるのだ。なんというタイミングだ。現れた赤髪――阿賀松伊織の登場は不良たちにとっても予期せぬものだったようだ。自分たちよりも頭一個分も高い阿賀松に掴み上げられ萎縮しているのがわかった。 「あ、あがッ、阿賀松……さん……ッ」 「わざわざでけー声出して俺を起こしてくれたんだからさぁ、勿論他にもなんかそれなりの理由があるんだろうな」  顔面蒼白の生徒を壁際まで追い込んだ赤髪もとい阿賀松伊織は、そうだらしなく緩んだ口元に笑みを浮かべるのだ。下卑た笑みを。 「さっきからさぁ、なんだお前。あれか、男に興味でもあんのか? ……なら丁度よかった、俺の知り合いでとにかく男に突っ込みたいって物好きがいるんだよなぁ。お前みたいな処女ならきっと大歓迎してくれるだろうよ、紹介してやるよ」 「すみません、俺用事思い出したんで!」  凄まじい速さだった。顔面蒼白の男子生徒は言い終わるよりも先に阿賀松から逃げ出す。  そして一角を占領していた仲間たちも蜘蛛の子を散らすように保健室を出ていくのだ。 「ユーウーキーくん」  そして、二人きりになった保健室内。ドサクサに紛れて近くの薬品棚の影に隠れていた俺を見つけた阿賀松はにたりと口元に笑みを浮かべたまま、「はみ出てんぞ」と手招きする。  あまり会いたくない人間ではあるが、逃げられるとも思っていない。観念した俺は阿賀松の前へと出ていった。 「……あの、ありがとうございました」 「ありがとうってなにが?」 「助けて……いただいて」 「あー、さっきの? 別にお前助けたつもりねぇんだけど、まあいいや。はいよ、どーいたしまして」  やっぱりか。この男に限ってそんなことはないと思っていたがもしかしたらと僅かながらも期待を寄せた自分を恥じる。  けれど、正直助かった。阿賀松があの場にいなかったらしつこく絡まれていたかもしれない。……だとすると、ぞっとしない。 「そういや、どうした? お前どっか具合悪いの? そんなもん持って」 「いや、これはあの……栫井の分で」 「栫井?」  しまった、余計なこと言ったかもしれない。そう思ったときには何もかもが手遅れだった。 「っ、ちょ、待っ……先輩……っ!」  ベッドのカーテンを開いていく阿賀松。全部が全部空いてるわけではない、普通に休んでいる子もいるにも関わらず中を確認する阿賀松を止めようとするが、間に合わなかった。 「なんだ、お前もサボりかよ。副会長さん」  栫井が休んでいたベッドスペースのカーテンを開いた阿賀松は、そう中に向かって笑いかけた。中の栫井がどんな顔をしてるのか容易に想像ついた。余計なことしやがったな、あいつ。そう思ってるに違いない。 「仮にも外で一般生徒が目の前で苛められてんの見ても動こうとしないなんて流石だなぁ。いっつもお仕事ご苦労さん」 「……………………」 「か、栫井っ、そうだ。これ、言われたやつ……っ」  まずい、この空気はまずい。  阿賀松と栫井、二人を取り囲む空気に耐えきれず俺は慌てて二人の間に割って入った。そう、先程拝借してきた湿布を手渡せば、栫井は「おせーよ」と吐き捨てる。 「ごめん」と謝ろうとしたときだった。 「なに、お前怪我してんの」  口を挟んできたのは、俺達のやり取りを見ていた阿賀松だった。 「……関係ないだろ」 「関係なくねえだろうが。もし大した怪我だったらどうすんだ? 仁科呼び出してやろうか」 「うぜえんだよ、その使えないやつ連れてさっさと消えろ」 「ああ?」 「っ、か、栫井……!」  なんで、こう自分から阿賀松を挑発するような真似をするんだ。せっかく珍しく上機嫌な阿賀松だったが、案の定その煽りに青筋浮かべる阿賀松に汗が滲む。慌てて二人の仲裁に入ろうとするが、駄目だ。 「使えないやつってもしかしてユウキ君のこと言ってんのか?」 「……他に誰がいるんだ」 「ユウキ君は役立たずじゃねぇよ。少なくとも、お前よりはな」  心臓が僅かに跳ね上がる。阿賀松が俺のことを褒めた。その事実を再確認するよりも先に、阿賀松は栫井の腕を掴んだ。 「っ、離せ……ッ」 「せ、先輩……!」  慌てて阿賀松を止めようとするが、阿賀松は構わず栫井の袖を捲り上げる。  そして明るい照明の下、晒される栫井の腕に俺は凍りついた。 「随分激しいなあ、お前んとこのお仕置きは」  阿賀松は可笑しそうに笑いながら栫井の腕を更に強く引き伸ばしたのだ。  不愉快そうに顔を強張らせる栫井は理阿賀松の手を振り払い、急いで袖を下ろした。  それでも、もう遅かった。  瞼裏にこびりつくほどの強烈な映像だった。  栫井の腕は、見るにも堪えないような無数の傷と痣で覆われていた。  肘までだけでも至るところが鬱血し、ただでさえ青白い栫井の肌だから余計傷は生々しく映えていたのだ。そして、真新しい傷に混ざって皮膚が変色したような古い傷も中にはあった。あまりにもショッキングなものだった。何も言えなくなる俺とは裏腹に、阿賀松は薄ら笑いを浮かべたまま目の前の栫井を見下ろすのだ。 「芳川に見つかったな?」  なんでここで芳川会長の名前が出てくるのか。その理由も、知りたくなかった。 「……」 「なあ、栫井。まさかお前、俺にダンマリが通用すると思ってんのか?」  その表情から笑みが消えた。そして、言葉の圧だ。栫井はなにも答えない。俯いたまま、声を押し殺すように奥歯を噛みしめる栫井を見て、堪らず俺は阿賀松の裾を掴み、止めていた。 「っ、せ、先輩……」 「なぁに、ユウキ君。後で構ってやるから俺の邪魔すんなよ」 「さ、先に……怪我を……その、栫井、具合悪そう……なので」  お願いします、なんて俺が阿賀松に頼み込むのも変な話だと思う。けれど、先程から益々血の気の失せているその顔だとか、熱だとかを知ってる今、このままの状態で栫井を放置するのも酷だと思ったのだ。  阿賀松は興味が失せたように溜息を吐いた。それから、制服から取り出した携帯端末でどこかに電話を掛ける。 「仁科、保健室」  端末に耳を当てた阿賀松はそれだけを残し、一方的に通話を切ったのであった。  仁科を呼び出してから約十分。保健室の扉が開き、全力疾走してきたようだ。全身汗だくの仁科が現れる。 「す、すみません、遅くなりました……」 「おー偉い偉い、十分以内じゃん」 「ってことで、ちょっとこいつの手当てしてやってよ」そう、どかりと近くの椅子に腰を掛けた阿賀松は状況の飲み込めていない仁科に全部丸投げした。 「いらねえ。素人が余計なことをすんなよ」 「あの……嫌がってますけど、阿賀松さん」 「無視しろ、無視。もちろん切り傷に湿布貼ろうとするバカのいうことなんか聞かねえよな、仁科君は」  にやにや笑いながら言う阿賀松に、ソファーの栫井は「貼らねえよ」とばつが悪そうに舌打ちをした。 「仁科、さっさとしろ」 「……了解っす」 「すぐ済ませるからな」と、仁科は栫井に声をかけていたがむっすりと黙り込んだまま栫井は無視した。……仁科には同情しかない。  それから栫井の怪我の手当が始まる。締め切られたカーテンの中、外で待っていた方がいいと出ていこうとしたが阿賀松に捕まってしたいそれは敵わなかった。  そして。 「それにしてもひっでーな。鞭か? これ」  目の前でシャツを脱いだ栫井の背中を見て、俺はただ息を呑んだ。あまりにも酷い傷に、直視続けることも不可能だった。  痩せ型の背中には無数の太い切り傷が残っており、ところどころミミズ腫れになっているのだろう。薄くなった皮膚がぷっくりと浮かび上がり、本物のミミズがその背中に這っているようにも見えた。仁科は傷口付近、血が固まったそこを消毒液で洗い流し、大きな深い傷口にはガーゼをしていく。 「普通ここまでなるもんなわけ? すっげーな」  テキパキと手当する仁科の手元を覗き込みながらも感心するように呟く阿賀松は、言いながら栫井の背中にできた鞭跡をぺしんと叩く。瞬間、びくりと跳ねる栫井の肩に、丁度他の傷跡にガーゼを当てていた仁科は「阿賀松さん」と慌てて止めた。 「ぁ……悪化したらどうするんすか」 「わりーわりー、叩きたくなるんだよ。こういうの見てると」  流石の仁科と流石に呆れているようだ。諭す仁科に、阿賀松は悪びれた様子もなく笑う。今回ばかりは栫井に同情した。  栫井の怪我を見て、こちらまで具合が悪くなっていた。栫井の体に触れたときのあの熱は裂傷によるものもあるだろう。そりゃあ、栫井も俺を頼るわけだ。寧ろよく歩けたな。そう感心すら覚えた。  栫井だってジロジロと見られたくないはずだ。俺だって、見たくない。そう、こっそりと仕切りのカーテンから外へと出ようとしたとき。  阿賀松と目が合った。 「おい、逃げんなよ」 「に、逃げてる……わけじゃ……」 「どうせならもっとこっち来い。近くで見てやれよ。……せっかくの機会だ」  丁度いい、と阿賀松は唇の端を吊り上げて笑うのだ。「いや、俺は」と、しどろもどろ逃げようとするが阿賀松に捕まってしまえばどうしようもない。首根っこを掴まれ、猫のように引っ張られればそのままズルズルとベッドの横まで引き戻される。  そして、顔を逸らそうとする俺の後頭部を鷲掴みし、力づくで正面を向かされるのだ。 「ほら、よーく見とけよ」  そして、視界に映る栫井の肉薄な背中に息を呑む。  あまりにも痛々しい栫井の姿に耐えられず、何度も顔を逸らそうとするが後頭部に回された手のせいで首を動かすこともできない。  そんな俺の頭を掴んだまま、阿賀松は笑う。 「――これが、我らが生徒会長様の腐ったご趣味だ」  一瞬、阿賀松の言葉が理解できなかった。  まさか芳川会長が栫井にこんな怪我を負わせたといっているのだろうか、この男は。有り得ない。普通に考えて、芳川会長がこんなことするはずがない。……するはずがない。 「自分の都合が悪くなったらすぐ暴力。ほんっと、胸糞悪ぃな」  吐き捨てるような阿賀松の言葉に、栫井の怪我を丁寧に手当していた仁科は何か言いたそうに目を伏せた。  会長がそんなことするわけない。そう言いたかったのに、まるで口が動かなかった。……心当たりがあったのだ。  昨日の芳川会長との会話で栫井のことを聞かれ、そのあと芳川会長は二階に用事があるといっていた。もしかして、あのとき栫井の部屋に行ったんじゃなかろうか。  ただの偶然だ。そう思いたいのに、何も言葉が出てこない。阿賀松の言うことを鵜呑みにするつもりはない。そんなこと言えば、阿賀松だってろくなやつではない。こんなやつの言葉を信じてはいけない。分かっているのに、一度疑問を抱いてしまえば全てが疑わしく思えてくる。 「違う」  そんな中だった。混乱する頭の中に栫井の声が響いた。 「……これに会長は関係ない」  俺たちに背中を向けたまま栫井は静かに続けた。痛みを堪えるような、呻くような声だった。  その栫井の言葉に阿賀松は失笑混じりに俺の頭から手を離した。  そして、すぐにその笑みを引っ込める。 「呆れた、ここまでやられてまだあんなやつの肩持つのか。流石会長様の忠犬は違ぇな」 「勝手に言え」 「アイツに言いように使われて、捨てられるって分かってても健気に尽くす犬かぁ。泣かせるなぁ?」 「お前一人が隠そうが、どうせすぐ全部バレる。それまでせいぜい可愛がってもらっとけよ、役立たずの忠犬君」可笑しそうに、それでも、阿賀松の目の奥にあるのは嫌悪だ。それは栫井に対するものではない。ここには居ない芳川会長へと向けられたものだと気付いたときには何もかもが遅い。  栫井と芳川会長の間になにかがある、あったのは間違いないだろう。最悪、俺が阿賀松と栫井のことを芳川会長に洩らしたから栫井が怪我を負う羽目になったのかもしれない。  昨夜会長に阿賀松のことを相談した時、芳川会長は生徒会室になにか仕掛けられると予め予想していた。  普段、生徒会室に入れる人間は限られている。会長はあの時俺に栫井のことを聞くことによって最終確認をしたのではないのだろうか。  もし、あの時俺が首を横に振っていたら、栫井の傷はなかったのかもしれない。  そう思った瞬間、手足が急激に熱を失っていく。鼓動が破裂しそうなほど膨らみ、息が苦しくなる。俺のせいなのか。俺のせいで、栫井は。 「ユウキ君」  いきなり阿賀松に名前を呼ばれ、体が跳ね上がりそうになる。顔を上げれば、阿賀松はカーテンを捲り、笑う。こっちに来い、そう誘うように。――断れるはずなどなかった。

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