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03
「佑樹、言っとくけど無理して俺についてこなくても佑樹だけ出し物楽しんできていいんだからな」
――校舎内、生徒会室前通路。
必要書類を用意してきた十勝は、通路で待っていた俺を見るなりそんなことを言い出したのだ。
来るときに比べ急におとなしくなったと思いきや、どうやら俺を巻き込んだと引け目に感じているらしい。そんなことを言われ、俺は慌てて首を横に振る。
「……ええと、俺もどうせ一人でもやることなかったし……その、俺にできることがあるなら手伝うけど」
旅は道連れ世は情け、とはまた違うかもしれないが嘘ではない。それに、一人でいるより十勝といる方が楽しいのも本音だ。
「え? まじ? いいの?」とこちらを覗き込んでくる十勝。うん、と応えれば十勝は「やったー! 流石佑樹!」とハグされてしまった。いい匂いがする。
仲良くなった証かもしれないが、人の体温に慣れていない分余計ぎょっとする。……けど、相手は十勝だ。変な緊張よりも寧ろ、犬にのしかかられるようなそんな心地よさすら感じた。
……恥ずかしいことには変わりないけど。
「あっ、あ……あまり役に立たないかもだけど……っ!」
「良いんだよ良いんだよ! 寧ろその言葉を聞きたかった!」
…………ん?
十勝の言い回しに違和感を覚え、思わず十勝を見上げたときには遅かった。
「よーし! こうとなればんじゃこのまま行くか!」
「ちょ……ちょっと待って。一応聞くけど、芳川会長の仕事って……?」
そこはかとなく不安を感じ、思わず尋ねれば十勝は「ああ」と思い出したように頷いた。
「クラスの出し物見て色々チェック入れんの。ほら、客入りとか雰囲気とかそういうの調べて総合得点出して最終的に最優秀クラス~みたいな順位決めるらしくてさあ。生徒会だけじゃなくて各委員会もやるらしくて、そんで生徒会からは会長ってわけ」
余程十勝が面倒臭そうな顔をしていたのでどんなことをさせられるのかと思いきや、聞いたところ普通に楽しそうだ。
「結構楽しそうな感じするけど……」
「えー? ないない! つーか時間制限あるから本当ハイペースで回んねーと時間ねえし、出し物によっては時間決まってるものもあるし」
言いながら、十勝は手にしていたボードを見せてくれた。どうやら会長がまとめたらしい、最短攻略ルートの時間表が雑にまとめられている。
そしてその時間表を見た十勝は腕時計を確認し「やべ、もうこんな時間かよ」と青ざめた。
「それじゃ、早速行こうぜ! ダッシュだダッシュ!」
「え、ちょ、と、十勝君……! 待って……!」
……まさか、学園祭で走らされるとは思わなかった。しかし全力疾走のお陰でなんとか一個目の出し物には間に合った。
十勝が言っていたことは間違いではなかった。飲食店や出店など様々な出し物を片っ端から採点して行くというのはなかなか大変な作業で、本来の出し物といったら純粋に楽しむものだと思っていた俺にとって結構辛いものだった。
主観を切り離し客観的に見た数字に変換する。
俺でさえ苦痛な作業だったが、楽しければそれでよしという主観的な性格をしている十勝にとっては更に辛い作業なのかもしれない。
学園祭の実行委員が企画したらしく、実行委員と各委員の委員長が審査を任されているというのは聞いたが、芳川会長が専任されるのは正しいと思う。
会長だったらきっと余計な私情も挟むことなくストイックに採点していきそうだしな、なんて思いながら、自作短編映画を見終えた俺は暗幕で締め切られた教室を後にした。
――視聴覚室前。
「お、丁度出てきたな。どうだった?映研の出し物」
「えと……冷房が利きすぎて寒かった」
「あ~、そりゃ減点だな。……っと、あぶね、佑樹に釣られるところだったわ。内容だよ内容。あと客入り」
取り敢えず自分なりに得た映画の感想を述べ、それを聞きながら十勝は「うんうんなるほどなるほどな」と相槌を打ちながらボードに何かを書き込んでいく。
そしてその作業を終えた十勝は「んじゃ次行くか」と俺を見た。
「えと……次はどこ?」
「んーちょっと待ってな。えーとここはもう行ったから、そうだなぁ。あとこの階で行ってないのは三年B組の女装……きっ………」
そう、パンフレットを手にしていた十勝の顔がみるみる引きつっていく。
どうかしたのだろうか。先程までにないほどの青褪めっぷりが気になって、俺は十勝の肩越しにパンフレットを覗いた。
3年B組 女装喫茶【桃色☆すぺくたくる】そこにはそうハッキリと書かれていた。
ああ、と十勝の言わんとしてることに気付いた。……というか。
「女装喫茶って確か……」
「……五味さんのクラスっしょ、確か」
そう言えば数日前出し物のことで五味が死にそうな顔をしていたのを思い出す。そしてハッとする。
……あの時、確か五味と阿賀松が同じクラスとか言っていなかったか。
気付いてはいけないことに気付いてしまい、全身に寒気が走った。それは十勝も同じのようだ。
「……佑樹、女装男子が好きとかいうそういう趣味はないのか?」
「な、ないよ……というか、お、俺一人でいくの……?」
「いやだってキツすぎんだろ、五味さんと阿賀松の女装!」
やっぱり同じクラスなのかあの二人。頭を抱える十勝だったが、仕方ないと腹を括ったようだ。
「……佑樹も着いてきてくれるよな」
「う、うん……勿論」
「はぁ~~行きたくね~~」
「十勝君……」
「分かってる、分かってるっての。……ちゃんと真面目にうさちゃんすりゃよかった」
それに関してはそうだけども。
というわけで、俺は最後までジタバタしていた十勝とともに3年B組の教室――女装喫茶【桃色☆すぺくたくる】へと向かった。すぺくたくるってなんだ。
三年B組、女装喫茶【桃色☆すぺくたくる】店内。
体格のいい上級生たちに案内されるがまま、俺と十勝は震える子犬のように入店する。
思いの外店は繁盛してるしているようだ。
薄ピンク色と白のフリルやリボンで統一された内装は確かに女の子ウケはよさそうだ。あまりにも徹底されたインテリアに圧倒されつつも、席へと案内された俺たちは思わず「すごいね」と顔を見合わせた。
メニューも料理名もなかなか凝ってる。
それまでいい。
……様々な衣装を身に纏った店員たちによる「いらっしゃいませ」の野太い声がなければ、だ。
洋菓子やケーキの甘い香りが漂う店内。
店員が女装した男ということを除けば、なかなか立派な店だと思った。
そして、先ほどから俺たちが危惧していた問題もあっさりと解消された。
「あれ、五味さんたちいねーじゃん」
「本当だね……どこかに行ってるのかな」
そう、五味と阿賀松の姿は見当たらない。
もし女装した阿賀松が待ち構えていたらどうしようと戦々恐々としていただけに出鼻を挫かれるが、こんな出鼻挫かれてもいい。
「正直いたらいたらですげえ見たかったけど、五味さんの女装」
「と、十勝君……」
「でも、阿賀松伊織がいねーのはまじでタイミング良かったわ。あいつ、俺らを見るとぜってーイチャモン付けてくるから」
「……そうだね」
やはり十勝も同じ気持ちだったようだ。俺たちは軽食を注文する。
今日一日ずっと食べてる気がするな、なんて思っていたが、届いたショートケーキはとても美味しくて甘いものは別腹なんて言葉がよぎった。
それから俺たちは採点を終え、女装喫茶を後にした。
――校舎内、三年教室前廊下。
次はどこへ行くかとパンフレット広げて十勝と話していたときだった。
「おー、なにやってんだ。お前らも昼飯か?」
不意に声を掛けられる。聞き覚えのあるその低い声に俺と十勝はぱっと顔を上げた。
「五味さん!」
「五味先輩……っ!」
噂をすればなんとやらというやつだ。
そこには女装……をしてるわけでもなく、いつも通り制服を身に着けた五味は「うお、声でけーな」と驚く。
「せっかく五味さんのクラスにきたのに五味さんいねーし……つか、なんで普通に制服なんすか」
「馬鹿か、あんなの着るわけねえだろ。第一サイズがねえよ」
これは暗にサイズがあれば女装すると言っているのだろうか。
「別にサボってたわけじゃないからな。備品が足りねえからって調達行かされてたんだよ」
「本当っすか?」
「そりゃ逃げれるもんなら逃げたかったけどな」
そう肩を竦める五味。確かに五味の手には買い出しにいったらしい買い物袋が抱えられていた。
もしかして五味と阿賀松がいないのはなにか揉め事が起きたからだろうかと気になっていた分、いつも通りの五味に安堵する。
……だとしたら、阿賀松は今どこにいるのだろうか。
「あーあ、せっかく楽しみにしてたのにつまんねえの」
なんだかんだやっぱり楽しみにはしてたのか。と呆れつつ、俺は「あの」と小声で五味に声を掛けた。
「阿賀松先輩は……いないんですか?」
「ああ、あいつは朝から来てなかったぞ」
「五味さんのクラスサボり多すぎ! 減点!」
「そうだな。そのせいで俺まで駆り出されんだからな」
それは出し物の内容も関係してるのではないだろうかと思ったが、敢えて黙っておくことにした。
しかし阿賀松が休みならば幸いだ。
……けれど、Xデーは今日だ。まさかずっとこのままサボってくれるわけではないだろうが、そう願わずにはいられない。
「……というか、なんでお前らが出し物見て回ってんだ? それ、会長がやるやつだったろ」
「そっすよ。会長に俺の仕事押し付けちゃったから代わりにやれって言われました」
「おいおい……それで齋籐も道連れってわけか? 齋藤、嫌なら嫌って断ってもいいんだからな。どうせこいつの自業自得なんだろ?」
「は、はは……」
「なんすか自業自得って決め付けて! 佑樹と俺は一心同体なんすよ、運命共同体なんで!」
「な、佑樹っ!」といきなり肩をぐっと組まれ、思わず口籠る。
「そうだね」と慌てて答えるが声が裏返ってしまった。五味はそんな俺を見兼ね、「暑苦しい絡み方すんなよ」と十勝を俺から引き剥がしてくれるのだ。
「それより、こんなところにいていいのか?まだ終わってねーんだろ?」
ふと思い出したように尋ねてくる五味。その一言に、俺と十勝は「あ」と顔を見合わせた。
「うっわ、やべー無駄に時間ロスした!おい、佑樹次行こうぜ次!」
携帯端末を取り出し、時刻表示を確認する十勝は言うなりさっさと走り出す。
「あっ、と、十勝君待って……っ!」
慌ててその後を追いかけようとしたとき、「おい齋藤」と五味に呼び止められた。
どうしたのだろうか。先を行く十勝も気になりながらも立ち止まり、「はい」と振り返れば先程よりも真面目な顔をした五味に手招きをされる。
――どうしたのだろうか。
胸の奥がざわつくのを抑え、そろそろと五味に歩み寄れば、五味は声を潜めた。
「今朝、灘がそっちに行っただろ」
何事だろうかと思ったが、予想してなかった人物の名前が出てきて戸惑った。というか、何故五味が知ってるのか。
「あ、はい……来ました」
「櫻田のことだけどな、出来るだけ注意しといてくれ」
「あの、確か捕まえたって聞いたんですけど……」
「ああ、捕まえたよ。朝方、丁度お前の部屋の前にいたところを見張ってた灘がな」
というか俺の部屋の前まで櫻田が来ていたのか。
……全然気付かなかった。というか本当に見張られていたのか。
俺が眠っていた間にそんなことが起きていたなんて。
もし灘がいなかったときのことを考えて背筋が薄ら寒くなる。
「……それで、本題なんだけどな」
すると、いつまで経ってもやってこない俺を不思議に思った十勝が「佑樹ーなにやってんだよー」と廊下の奥から声をかけてくる。
俺の代わりに、五味が「先に行ってろ」と十勝に返せば、つまらなさそうに唇を尖らせる十勝だったが自分に任された仕事を優先させることにしたようだ。そのまま隣のA組の教室へ入っていく。
「あ……」
「大丈夫だ、すぐ済む。……それと、これから伝えるのは内密にしてほしい」
改めて念押しをされ、五味の緊張がこちらまで伝わってくるようだった。はい、と頷けば、五味は辺りに聞こえないくらいの声量で続けるのだ。
「櫻田を捕まえたというのは嘘だ」
……正直な話、五味の態度からしてなんとなくそんな気はしていた。
が、この場合はその内容よりも気がかりなものがあった。
「なんで、嘘なんて」
「……なんつーか嘘だけど全部嘘ってわけじゃないっていうか。正確には、捕まえたけど逃げられたと言った方が適切だな」
「逃げられた……?」
「一応寮の自室から出ないよう言い付けておいたんだがな、すぐに逃げられたそつだ。さっき見張りにいなくなったって連絡受けたばっかりだからそれ程時間経ってないと思うが、念のため頭に入れておけ」
「…………、わかりました」
「あまり一人にならないように……って言おうと思ったけど、十勝が一緒なら心配いらなさそうだな」
「はい。あの……教えていただきありがとうございました」
そう頭を下げれば、五味はなんだかばつが悪そうに「いや、そういうのはいい」と頭を掻いた。
それから、再びこちらを見た。
「お前にはこっちが迷惑を掛けてる状況だしな。……まあそういうことだ、何かあったらすぐに言え。あいつにでもいいから」
「はい」
「それと」
そう思い出したように五味は続けた。
「会長たちからなにか言われてもこのことについて知らなかったフリをしろ」
その言葉に、なんだか胸の奥がざわついた。
理由は分からない。けれど、何故だろうか。五味からの忠告が胸の奥に重くのしかかるのだ。
「……あの、理由を聞いてもいいですか」
「ああ、そうだな。取り敢えずこの件については恐らくまだ俺たちにしか伝わっていないはずだ。見張りのやつは会長に連絡しても出なかったといっていたからな」
「多分、連絡があったとしてもお前には知らされないだろう」そう静かに続ける五味。
その言葉の意味を考えたくなかった。
……もし五味が言っていることが本当だとすれば、あくまでも外部の人間である俺に櫻田のことを洩らしたとバレたときの体裁を気にしているのだろう。俺自身、ある程度立場がありなお且つ板挟み状態の五味の気持ちは理解できたので寧ろそこまでしてこのことを教えてくれたことはありがたかった。
でも、ただ一つ先ほどの言葉が気掛かりだった。
『多分、連絡があったとしてもお前には知らされないだろう』
確かにそう言った。
どういう根拠があってそう五味がこんな発言をしたのかわからなかったが、なんとなく、わからない方がいいのかもしれない。そう思うことしかできなかった。
「話はこれだけだ。……長々引き止めて悪かったな。十勝のところ行ってやれ」
俺は五味に別れの挨拶をし、それから十勝の待つA組へと向かうことにした。
A組の教室前には既にA組の採点を終えたらしい十勝が仁王立ちして待っていた。その顔はふくれっ面だ。……どうやら怒ってるつもりのようだ。
「おせーぞ佑樹! 次は俺の分もきりきり働いてもらうからな!」
「ご、ごめんね……」
元はといえば十勝の仕事ではなかったか、と喉元まで出かけるのをぐっと飲み込み、俺は十勝とともに次の出し物を確認することにした。
「んじゃ、次は二年だな。こっちは厄介なのなさそうだからすぐ終わりそうだな」
十勝と合流した俺は、見慣れた二年の教室棟へと向かうことになった。
十勝が言う厄介というのは先程の女装喫茶のことを指しているのだろう。櫻田がどこにいるかわからない現状、俺にとってどこも厄介なことには変わらない。
――校舎内、2年生教室前。
十勝とともにチェックシートを片手に他の教室を見て回る。
ここまでは順調だ。このままなにごともなく終わってくれ。そう願いながら、俺は十勝とともに次はどのクラスを見て回ろうかとパンフレットを眺めていたときだ。
残っているのは……。
「A組とB組……お、佑樹のクラスと栫井のクラスじゃん」
「……栫井のクラスって確か」
「おばけ屋敷だったよな、確か。……佑樹は怖いのは平気?」
「……まあ、でもこういうのは体験したことないからどうだろう」
「じゃあ初体験ってこと? じゃ、せっかくだし俺も行こうかな」
「え? 分担じゃなくてもいいの?」
「他のところで大分時間短縮してきたお陰で大分時間間に合いそうになったしな。それに、佑樹がおばけ屋敷でどんな反応するか気になるじゃん?」
そっちが本音か。てっきり心配してついてきてくれるのだと思ったが、十勝らしいといえば十勝らしい。それに、心強いのも確かだ。
「そういえば、十勝君は幽霊とかは平気なの?」
「いんや、無理」
「…………」
……というわけで、俺たちは気を取り直してB組へと向かうことになった。
明るくポップな外装や看板が並ぶ中、B組の教室のおばけ屋敷は一際目立っていた。……というよりも浮いていたというべきだろうか。
リアル寄りのおばけが書かれた看板を見て通りかかりの女の子が泣いてるのを見て同情した。
一回五百円か。一組入って、出て来てまた一組入るというシステムらしい。
店の前には有名スプラッター映画の殺人鬼の被り物を被った受付役の生徒がいた。
なんか想像していたおばけ屋敷と違うというか、物理で殴ってくるタイプなのかと慄いたがどうやらなかなか繁盛しているらしい。数グループが並んでる。
「うお、なかなか気合入ってんなー。ほら佑樹、俺達も並ぼうぜ!」
「わ、わかったから押さないで……」
そして並ぶこと数分、ようやく俺達の順番が回ってきた。
キャーキャーと騒ぎながら出てきた女子グループを横目に、俺はなんだか落ち着かない気持ちでいた。……というか十勝、ホラー苦手だとか言ってたくせになんで楽しそうなんだろうか。
十勝は受付に「学園祭実行委員だ」と告げれば、料金を支払うことなくすんなりと中へと入れてもらえる。
「佑樹、前行けよ前」
「ええ? ……いいけど……」
「いいのか?」
「十勝君が苦手っていうなら……」
「恩に着る、佑樹!」
無理してついてこなくても良かったのでは、というのは言わないことにした。俺は背後からくっついてくる十勝を感じながら、目の前の扉をゆっくりと開く。
瞬間、ひんやりとした冷気が扉の隙間から溢れ出し手から腕へと這い上がってくる。半ばヤケクソに俺は一歩踏み出した。
どうやらおばけ屋敷は教室内に作られた一本の道を道なりに進むというシステムのようだ。
その道中、あの手この手で脅かしてくる生徒たちに驚くというよりも大変そうだなと同情せずにいられなかった。と、いうのもだ。
「ひぃ!!!」
「と、十勝君……今のただぶつかっただけの音だよ……」
「な、なんで佑樹全然びびってねえんだよ~~! おかしいだろ~!!」
「そ、そんなこと言われても……」
寧ろ十勝がビビりすぎてその声にどきっとするくらいだ。確かに一人だったら怖いのだろうが、ここまでビビってる十勝を見てると相対的に冷静になってしまうというのは確かにあるが……。
人の肩にしがみついたまま離れようとしない十勝に、ここは早めに出た方が良いと判断する。「それじゃあ、早めに出ようか」なんて言いながら十勝を宥めていた矢先だった。
天井からぼとりと十勝の頭に向かって何かが落ちてきた。
それからはもう大変だ。声にならない叫び声とともに十勝が脱兎の如く逃げ出したのだ。
「と、十勝君……!」
咄嗟に声をかけるものの、暗い中であっと言う間に十勝は逃げ出してしまった。
そしてぽつんと残された俺。このまま十勝の後を追いかけることも考えたのだが、十勝がさっさと出ていってしまった今、ちゃんと採点できるのは俺しかいないわけだ。
……取り敢えず、何が落ちてきたんだろうか。
薄ぼんやりとした足元、十勝が逃げ出した元凶を探そうとすればそれはすぐに見つかった。
「……こんにゃく……?」
店で売ってあるような板こんにゃくがそのまま転がっていた。ややぬるくなっていたそれを拾い上げたときだった、目の前に誰かが立っていることに気付いた。
咄嗟に慌てて立ち上がり、息を飲んだ。
「……栫井……?」
ぼんやりと輪郭を照らす照明の下。見覚えのある背格好の人影が現れる。
なんでここに、と思ったが元はと言えば栫井のクラスだ。いてもなにもおかしくないが――。
「っ、か、栫井……だよね……ッ?」
せめて何か言ってくれ。無言で歩み寄ってくる栫井に怯え、咄嗟に後退ったとき、背中に簡易壁がぶつかった。あっと思ったときには遅かった。
目の前までやってきた栫井に肩を掴まれる。
「……なんで、お前がここにいる」
「な、なんでって……肝試しにきたんだよ……」
「…………」
「ぁ、えと……その三角のやつ……似合ってるね」
やっぱり栫井だ、と安堵するのも束の間。気まずさに咄嗟に口にした言葉が悪かったようだ。
申し訳程度の幽霊要素らしい三角布を褒めた瞬間栫井はそれをもぎ取った。まずい、と思ったときには手遅れだった。
栫井に思いっきり引っ張られる。というよりも引きずられる。
「まっ、待って栫井……ッ!」
「うるせえ黙れ」
「か、栫井……っ! 周りの人たちもびっくりしてるから……っ! 栫井……!」
問答無用だった。ハラハラと他のエキストラ幽霊たちが見守る中、俺は栫井に引きずられ、そのまま外へと放り出された。そして目の前の扉はぴしゃりと閉められる。
「……いやー楽しかったな佑樹」
どの口がものを言うのだろうか。
他のスタッフたちに宥められていた十勝とも再会し、気を取り直して俺たちは次の店へと向かうことにした。
「じゃあ次は……」
パンフレットを確認せずとも残ったクラス出し物がなんなのかはすぐに分かった。
『2‐A・喫茶店。』――俺たちのクラスだ。
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